イギリスを統計から見るシリーズ。
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、全土ロックダウンとなったイギリスだが、その影響で「家庭内暴力が増加した」というニュースが流れている。悲しいことに、ロックダウンになってから、家庭内暴力が原因で殺害された人の数が2倍以上になっているようだ、という報道まである。
そこで、イギリスの家庭内暴力(ロックダウン前)についての現状を、公式の統計データで調べてみることにした。数字で見る全体の概要と、被害者の統計(性別、年齢、人種など)についての統計を紹介する。
その前に重要な前提情報として、家庭内暴力の定義と、支援を提供している団体について紹介したい。
目次
イギリス統計局が定める「家庭内暴力」の定義
イギリス統計局の説明によると、「家庭内暴力(domestic abuse)」には以下のようなものがある。
非性的な虐待:身体的暴力、精神的虐待、経済的虐待、当事者やその身内への脅迫など
性的虐待:レイプや性的挿入(試みも含む)、不適切な露出、 望まれていない接触など
ストーキング:手紙やメール、チャット、電話などで、望んでいないわいせつな内容や脅迫を受け取ることおよびインターネット上での同様の活動、また自宅や職場などでの待ち伏せや追跡、観察など
家庭内暴力に関する支援を受けられる機関
イギリスには、家庭内暴力被害者を支援するさまざまな機関がある。政府のウェブサイトにも一覧が載っているが、その中から一部抜粋。自分が被害者である場合はもちろん、誰かが被害にあっているのを見たら以下に連絡をとってアドバイスや助けを受けることができる。
事態が非常に緊急である場合
緊急連絡番号の999。これは事件事故、深刻な病気などすべての緊急事態に対応するイギリスの電話番号である。家庭内暴力でも緊急の危険が迫っている時は、ここに連絡すべきだ。
家庭内暴力のヘルプライン
- Women’s Aid ……女性被害者のためのヘルプライン
- Men’s Advice Line ……男性被害者のためのヘルプライン
- Galop……LGBTなどのセクシャルマイノリティの被害者のためのヘルプライン
- Karma Nirvana……宗教や文化などを盾に美徳やしつけと称して虐待を振るわれた被害者のためのヘルプライン
- Sexual assault referral centres ……性的虐待被害者のためのヘルプライン
イギリス政府のウェブサイトページ「Where to get help」には、この他にもさまざまな団体(人種ごとやマイノリティに特化した団体もある)が載っている。
イングランドとウェールズの家庭内暴力
さて、イギリスの家庭内暴力について、イギリス国家統計局の資料からその現状を取り上げる。複数の資料を参照しているので、その都度記載する。
統計の概要
イギリス国家統計局「Domestic abuse in England and Wales overview: November 2019」より。
※集計対象はイングランドとウェールズの16〜74歳の男女で、スコットランドと北アイルランドは入ってない。集計期間は2018年3月〜2019年3月のもの(この記事執筆当時最新)。
2018年3月〜2019年3月の1年間で、16〜74歳の成人の240万人(推定)が家庭内暴力を受けている。そのうち160万人が女性で、78万6000人が男性。
警察によると、同期の1年間で74万6219件の家庭内暴力関連の事件が記録されており、前年比24%増。
この増加は、警察の記録体制の改善や、被害者の通報増加が反映されている可能性がある。
家庭内暴力関連の事件のうち、警察が逮捕を行ったのは100件あたり32件。1年間の合計逮捕件数は21万4965件。
過去14年の推移
これは2005年3月〜2019年3月までの家庭内暴力の割合を示したグラフである。青が男性、黄色が女性、藍色が全体。ここでは対象集計は16〜59歳の年齢層となっている。
2018年と2019年では大きな差は見られないが、2009年を堺に男女ともに大きく割合が下がっている。その後も多少の上下はしながら、現在まで2009年以前より低い割合をキープし続けている。
被害者についての統計
さらに、家庭内暴力被害者に関する統計を見てみよう。「Domestic abuse victim characteristics, England and Wales: year ending March 2019」の資料から。
※集計対象はイングランドとウェールズの16〜74歳の男女で、スコットランドと北アイルランドは入ってない。集計期間は2018年3月〜2019年3月のもの(この記事執筆当時最新)。
被害者統計についての概要
女性の7.5%(160万人)と男性の3.8%(78万6000人)が 過去1年間に家庭内暴力を受けていた。つまり、100人中女性は7.5人、男性は約4人が家庭内暴力を受けている人ということになる。
女性の全被害者の中で、20〜24歳の年齢層が最も被害を受けている割合が高い。
成人では、離婚している人や別居している人の方が、既婚(同性婚含む)、同居、独身、配偶者に先立たれた人よりも家庭内暴力を経験している割合が高かった。
都会に住む人の方が、地方に住む人よりも家庭内暴力を受ける割合が高かった(都会=6.0%、地方=4.2%)。
- 年間で家庭内暴力にまつわる犯罪として警察が記録している事件のうち、75%の被害者は女性であった。
- (ここだけ集計年数が異なる)2016年3月〜2018年3月までの統計では、家庭内殺人の被害者の74%が女性であった。一方、非家庭内の殺人では女性の被害者は13%であるという。これはものすごい差だ。
被害者の性別
男女別に家庭内暴力のカテゴリに被害者の割合を表した図。青が男性、黄色が女性、藍色が全体のグラフ。どれも女性の方が割合が高い。
家庭内暴力の種別としては、上から以下のように分けられている。
- 「家庭内暴力(種別なし)」
- 「家庭内暴力全体(非性的)」「パートナーからの暴力(非性的)」「パートナー以外の家族からの暴力(非性的)」
- 「家庭でのストーキング全体」「パートナーからのストーキング」「パートナー以外の家族からのストーキング」
- 「家庭での性的虐待全体」「パートナーからの性的虐待」「パートナー以外の家族からの性的虐待」
どのカテゴリでも、女性の被害者は男性の約2倍かまたはそれ以上となっている。また「性的虐待」に関しては、被害者は女性のみのようだ(ただ、男性の性的虐待被害者がゼロなんてことはあるのだろうか。もちろんないに越したことはないがこの統計の数字に出てきていない被害もあるのでは、という気もする。このカテゴリについては詳しい説明がなかったのでこれ以上の詳細は不明である)。
また、男女共に、家庭内暴力のうちパートナー(配偶者や恋人)から被害を受けるケースが最も多いようだ。この「パートナーからの家庭内暴力」についての詳細は、別記事で追っていきたい。
被害者の年齢
年齢別に被害者の割合を集計したグラフ。青が男性、黄色が女性だ。女性の被害者では、20〜24歳の年齢層が圧倒的に割合が高い。一方、男性では16〜19歳の年齢層が一番割合が高い。
そして男女ともに、60歳〜74歳の年齢層が一番割合が低くなっている。
被害者の人種
被害者の割合を人種別に表したグラフ。青が男性、黄色が女性、藍色が全体のグラフで、人種は左から、「白人」「混合」「アジア系」「黒人」「その他」となっている。
女性で一番被害者が多いのは「混合人種」で、男性の被害者は「白人」が一番多いという結果が出ている。
男女差が一番大きいのも「混合人種」で、女性が20%に対し男性は3.5%である。
上述したように、家庭内暴力で男女どちら共に最も多いのは、「パートナーからの暴力」であった。これについて、その詳しい内容や、アルコール・ドラッグとの関係、家庭内暴力がもたらす影響、警察の対応などについて次の記事で見ていく。
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