ある人に教えてもらった、海外生活をうまくいかせるたった1つのコツ

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海外生活全般

海外で暮らしていると、めげることもある。折れそうになることもある。それを乗り越えるために覚えておきたいたった1つの事。

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海外で暮らすのは、楽しいけれど同じくらい大変

海外生活は、楽しい。

でも当然だけど楽しいことばかりではない。日本とは、人の性質も違えば、社会のシステムも全然違う。
苦労することもたくさんある。

郵便1つ出すのだって、銀行口座を開くのだって、医者にかかるのだって、日本とは全然違う。
いやむしろ、スーパーで何か買うのだって最初は戸惑ったものだ。
同じトピックを話していても、人の反応や価値観が日本人とは全然違う。

言葉の壁だってある。どんなにその国の言語ができるようになっても、生まれつきのバイリンガルではない限り、私たちはネイティブにはなれない。第二言語話者として、必死に意思疎通するしかないのだ。

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海外に出ることは、日本の常識から抜け出るということ

海外に住んでいると、思い通りにならないことがたくさんある。理不尽なこと、意味不明なこともたくさん起きる。なぜかと言えば、私たちは私たちが育ってきた常識でものごとを見ているからだ。

日本での常識を「当たり前」だと思っているから、そこから外れたことが起きれば、それは私たちの中では「ありえない/非常識なこと」になってしまう。その国では普通のことかもしれなくても、だ。

やっかいなのは、私たちが持っているこの「常識」というやつなのだ。

自分の「常識」は本当に常識なのか

だんだん「常識」という言葉がゲシュタルト崩壊してきたかもしれない。私もしてきた。

常識は結局個人の価値観であるということ。
やたらと細かいことに腹を立てる人が身近にいたりしないだろうか。「なぜそんなに小さいことでイライラしているんだろう?」と疑問に思うほど、いちいち文句を言わないと気が済まない人。

その人の常識からみれば、その細かいことは「非常識」なのだ。電車が数分遅れたり、電話の折り返しがつながらなかったり、買いたかったお菓子が売り切れだったりとか。それはその人の中では非常識なのだ。だから腹を立ててしまう。
それを不思議に思う人にとっては、それは常識か、許容範囲内のことなのだ。だからそれに腹を立てる理由がわからない。

もちろん共通している常識が多ければ、それが国民性となる。

例えば、恋愛を例に出して考えてみる。といっても、下に当てはまらない人ももちろんいる。
日本だと、知り合う→デート→告白→恋人(体の関係あり) という順番がスタンダードとされる。少なくとも建前では。
西洋だと、知り合う→デート(体の関係あり)→続く→続く→恋人 がスタンダードだ。告白はしない人もかなり多い。

告白という慣習がないので、いつ恋人関係になったのかはお互いわからない、ことが多い。イギリス人同士の恋愛でも「私は彼の何なのかしら……彼女なのかしら……」と嘆いているのを見る。
特定の恋人になる前に、複数の人と同時進行でデート(体の関係あり)するのもも普通のことだ。皆が皆するわけではないけれど、特別なことでもない。

そういえば、中国人にも「日本のドラマを見ていると、恋人同士になる前に男の子が甘い言葉を女の子に言うよね(告白のこと)? あれは本当にやるの? え、やるんだ? フォーーーー!!(興奮)」と言われたことがあるから、中国でも告白文化はないのかもしれない。

ともかく、恋愛1つとっても全然違うのだ。でもそれでいちいち悲しんでいたり腹を立てていても状況はよくはならない。

海外生活に必要なたった1つの心構え

私がまだこちらに来たばかりで右も左もわからなかったころ、日本に数年住んでいたことがあるというイギリス人に言われたことがある。

「僕はね、日本で過ごした日々がとても楽しかったよ。もちろんイギリスとは何もかもが全然違った。君がこっちに来て感じている違いを、僕もあっちで感じたよ。

全然違う国で暮らすのを楽しむためにはね、『草のように生きる』ことだ。

風が吹けば草は風が吹いた方向にそよぐけど、そのために折れたりはしない。太い木はそよいだりはしないけれど、強風が来たら折れてしまう。風の流れに逆らっているからね。

草のように生きていたら、風が来ても折れることはないよ。」

「Be like the grass」。
これがなんとなく私の心に残っていて、たまにふと思い出す。これは真理なんじゃないかと思う。その国の文化を受け入れて馴染むこと。自分の中での常識で立ち向かわないこと。草のように生きること。簡単ではないし、時には忘れてしまうけれど。

電車が時間通りに来なくても、告白をされなくても、フラットを8件も引っ越す羽目になっても(私)、草のように生きていれば「ま、いいか」と思えるようになる。かもしれない。全部を全部許容するのは無理でも、ポジティブ人間にはなれなくても、少しは肩の力を抜いて異国でも暮らせるかもしれない。

風が吹く日はそよいで何とかやり過ごして、太陽が出た日は思いっきり楽しめばいい。
それさえ意識していれば、海外生活はもっと楽しくなる。

※この記事を書いてから数年たっても、この言葉は心にずっと残っている。いろいろなことがあっても「ま、しょうがない」と切り替えてあまりストレスをためすぎないようにしているのだ。それについての記事はこちらからどうぞ。

異文化暮らしには、ある程度の慣れと「ま、しょうがない」が大事という話
一つ前の記事で、イギリス生活の長所と短所をずらずらと書いた。 どの国に住んでも長所と短所はある。日本人として日本の社会システムや生活の良い点に慣れていると、イギリスでは、「なんでこんなことがー!」と叫びたくなってしまうこともある。 ただ、私はこの国で暮らしていて感じる不便さや欠点のようなものの中で、本気で我慢できないほど嫌いでしょうがない、というものはあまりない。口では愚痴ることもあるし、...

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