イギリスの国家の標語(モットー)はなんとフランス語!その理由とは? 

「イギリスの標語(モットー)はフランス語である」という奇妙な事実が存在する。標語とは、国章についている国のフレーズのことだ。イギリスの標語には古い歴史があり、古いものは1100年代から今に至るまで使われ続けている。

気になってその起源や歴史を調べてみたら面白かったので、今回は、この不思議なイギリスの標語とフランス語の関係について紹介したい。

国章は何に使う? 国旗とは違う? 

まず「国章とは何か」の前提から説明しよう。日本には国章がないので、あまり馴染みがないと思う。国章は国家を象徴するシンボルである。

ヨーロッパでは、国章は王家や貴族などの支配層の家紋から来ていることが多いようだ。また、国によって国章を正式に定めているところと定めていないところがある。

では国旗との違いは何か。

イギリスでは主に4つの国旗が使われている。「ユニオンジャック」という名前で有名なイギリス全体を表す国旗に加えて、イギリスを構成する4つの国のうち3つが持つ国旗(イングランド、ウェールズ、スコットランド。北アイルランドはユニオンジャックをそのまま使用している)である。

国旗と国章は似ているが、国旗は旗として使われるシンボルで、国章は国家を象徴する紋章として公的文書やパスポートの表紙などに使われる。国章の図柄の一部が国旗に使用されている国もある。

ちなみに、日本のパスポートにはこの菊紋(↓)があしらわれており、国章のような扱いになっているが、これは正式には国章ではないという。日本は国章を持たない国なのだ。

イギリスの国章に使われる2つの標語

これが現在のイギリス国章である。この国章はスコットランド以外のイギリス全域で使われ、イギリスのパスポートにも使用されている。

中央の盾を支える左側のライオンはイングランド王家を、右側のユニコーンはスコットランド王家を表す。ライオンが冠をかぶっているのは、イングランドによるスコットランドの支配、イングランドの方が優勢だということを示しているようにも見える。

盾は4つに区切られており、左上と右下の赤地に金のライオンが3頭並ぶ図柄はイングランドのシンボル、右上の黄色地に赤いライオンの図柄はスコットランド、左下の青地のハープはアイルランドを表す。ウェールズは王国ではなく公国で格下と見られていたため、ここには加えられていない。

スコットランドではこれと同じ国章ではなく、細部の異なるスコットランドバージョンが使われている。
そのわけは後で解説するとして、まずはここに出てくる2つの標語を見てみよう。

Dieu et mon droit(神と我が権利)

国章の下部、地面に広がるリボンにはフランス語で「Dieu et mon droit」と書かれている。英語で「God and my right(神と我が権利)」という意味になる。これはイギリスの国家の標語でもある。

イングランドのリチャード1世が1198年の戦いでフランス王を打ち負かした時に発したとされる言葉で、自軍が神に選ばれたからだという当時の価値観から出たものだ。

その後、この言葉は15世紀にイングランド王家の紋章に使われるようになり、現在にいたる。当時のイングランド王家、貴族などの上流階級では、フランス語が主要言語として使われていた。なぜなら、イングランド王家はフランス出身だったからだ。

Honi soit qui mal y pense(悪意を抱く者に災いあれ)

ライオンとユニコーンに支えられる盾の周りを囲んでいる標語は、フランス語で「Honi soit qui mal y pense」と書かれている。英語で「May he be shamed who thinks badly of it(悪意を抱く者に災いあれ)」という意味だそうだ。

これは、14世紀にイングランドを統治したエドワード3世の言葉だとされている。彼がいとこのジョーン・オブ・ケントとダンスを踊っている時、彼女が着けていたガーター(靴下留め)がずり落ちてしまった。

それを見て周りの人々は嘲笑したが、エドワード3世はそのガーターを自分の足に着け、「Honi soit qui mal y pense(悪意を抱く者に災いあれ)」と一喝した。その後さらに「今日笑っている者でも、明日は自慢気に履きたくなるだろう」と続けたという逸話が残っている。

ちなみに、エドワード3世はこれにちなんでガーター騎士団とガーター勲章(現存する、ガーター騎士団の最高勲章)も創設した。

この発言の発端には他の説もあるが、もしこのエピソードが本当だとしたら、ガーターずり落ち事件が今のイギリス国章の標語につながっているなんて、なんとも面白いものだ。

エドワード3世も、フランス王家の血を引くイングランド王である。

イングランド王家はフランス出身

ここまで読んでおわかりのように、歴史上のある時点から、イングランド王家はフランスから来た人々に支配された。1066年の「ノルマン・コンクエスト」と呼ばれる、フランスのノルマンディー地方から来たノルマン人が、ロンドンにノルマン朝を建国し支配を始めた出来事がすべての始まりである。

その後イングランド王家はフランス王家と王位継承や領土を巡って何度も戦争をするのだが、これは内紛、つまり「お家騒動」であった。当時は今のような国家という概念が希薄で、「○○家の領土」という感覚であったようだ。

当時は上流階級でフランス語が使われていたため、当時存在していた古い英語(主に庶民が使っていた)にもフランス語が多く混ざり、現在の英単語のうちフランス語由来のものは45%とも言われている(パーセンテージは諸説あるようだ)。

ここらへんの歴史が気になる方は、姉妹サイトのこちらのシリーズを参照していただきたい。

【シリーズ】博物館展示からロンドン史を見る

スコットランドだけ国章が違うのはなぜか

さて、スコットランドの話に移りたい。

こちらがスコットランドバージョンの国章。イギリス国章と比べると、盾を支えるユニコーンとライオンの位置が逆になっており、それぞれスコットランド(ユニコーン)とイングランド(ライオン)の国旗を持っている。

ここではユニコーンも冠をかぶっている。また、ライオンの代わりにスコットランドのシンボルであるユニコーン2頭が支えているバージョンもあるという。

さらに、盾の中に注目。イギリス国章ではイングランドのシンボルが2つあったのに比べ、スコットランドではスコットランドのシンボルが2つに増やされ、イングランドのシンボルは1つに減っている。

スコットランドの、自分たちのアイデンティティに対する強い主張が伝わってくるようだ。実際、今でもスコットランドはイングランドと仲が良いわけではなく、イギリスからの独立をめぐる動きがある。

スコットランド語とラテン語の標語

スコットランド国章には、イギリス国章とは違う標語がスコットランド語とラテン語で書かれている。

In My Defens God Me Defend(私は守り、神は私を守る)

盾に乗る赤い獅子が持つリボンには、「IN DEFENS」と書かれており、これは「In My Defens God Me Defend(私は守り、神は私を守る)」というスコットランド語のフレーズ(昔の祈りの言葉から来ているという説がある)の短縮形だ。英語表記の場合もあり、その際は「In Defense」となる(最後にeがつくだけ)。

このフレーズからも分かる通り、スコットランド語と英語は大変よく似ている。スコットランド語と英語の関係についてはこちらの記事をどうぞ。

ウェールズ語、スコットランド語、アイルランド語は英語とどう違う? 

Nemo me impune lacessit(私を苦しめる者は必ず罰せられる)

国章の下部にあるリボンには、ラテン語で「Nemo me impune lacessit」と書かれる。英語にすると「No one can harm me unpunished(私を苦しめる者は必ず罰せられる)」となる。

これはシッスル(アザミ)勲章というスコットランド最高の騎士団勲章の標語である。アザミはスコットランドの国花として今でも親しまれている。

この標語の由来は、一説にはアザミの棘から来ているとされる。13世紀、ノルウェーのバイキングたちがスコットランドを夜間奇襲した際に、アザミの棘を踏んでしまい悲鳴をあげ、スコットランド兵が敵襲に気づくことができたという伝説があり、アザミの棘が危険なことはよく知られている。

元々、「Nemo me impune lacessit」のme(私を)はアザミのことで、「必ず罰せられる」とはアザミの棘による復讐のこと。それが時代とともにスコットランドを指すように変化していったという。しかしはっきりとした由来はわかっておらず、さらに時代を遡るという説もある。


国章1つとっても、昔からの歴史が複雑に絡んでいて面白い。今回標語について調べてみて、イギリスとフランスは切っても切れない関係なのだな、と改めて感じた。