日本では「いのちの電話」など、精神的に弱っている人の悩み相談先としてのホットラインがあるが、イギリスではどうだろうか。
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イギリスは自殺対策ホットライン発祥の地だった
もちろん、イギリスにもそうしたホットラインはある。しかも、実はイギリスがその発祥地であったのだ。
1953年、エドワード・チャド・ヴァラーというキリスト教の祭司が設立したのが「Samaritans(サマリタンズ)」という人生相談サービスであった。
彼がまだ若い牧師であった頃、自ら命を絶った14歳の少女の葬祭を行った。彼女は自分が性感染症になったのではないかという疑惑から自殺したというが、実際は月経になっていただけだったという(当時は性教育も十分になされていなかった)。
その後、彼は地域の新聞でボランティアを募り、自殺を食い止めるための電話相談サービスを立ち上げた。最初の電話は、1953年11月2日にかかってきたという。すぐに需要は急増し、活動は広がり、発足後10年で40の支部ができた。なお、現在は200を超える支部が活動している。
団体名の「サマリタンズ」は、チャド・ヴァラーがつけた名ではなく、当時彼の活動を報道した新聞がこう呼んだことから定着したのだという。
「サマリア人(ソマリア人)」という意味で、これはキリスト教の教えに出てくる「善きサマリア人」からとられているのだろう。
善きサマリア人とは
サマリアとは、パレスチナのヨルダン川西岸の地域で、ここに住んでいる人のことをサマリア人という。このサマリア人は、キリスト教に深くかかわる存在である。
聖書の中でイエスがした説法に、「善きサマリア人」というエピソードが出てくる。
ある男が旅中、強盗に襲われてしまった。動けず倒れている男のもとを、ユダヤ教祭司が通りかかった。祭司は通り過ぎてしまった。レビ人(ユダヤ教祭司の助手のような立場)もやってきたが、素通りした。サマリア人が通りかかった。彼は男を宿屋に連れて行って介抱し、宿屋の主人に「この人の面倒を見てやるように」とお金を渡して去っていった。
自分のお金や労力を使って他人を助けるサマリア人のこのエピソードから、「善きサマリア人」とは「自らを犠牲にしてでも人を助ける人」の代名詞となった。
つまり、チャド・ヴァラーの立ち上げた電話相談サービスを、当時の新聞がこの善きサマリア人と例えたのだろう。その名称がこんにちまで自殺対策ホットラインの名称としてイギリスで使われているのだ。
国際的に広がっていった活動
チャド・ヴァラーの起こしたこの活動は、どんどん世界に広がっていった。日本でもドイツ人宣教師により1971年に「いのちの電話」が設立した。
そして1974年、チャド・ヴァラーに賛同する世界の自殺防止団体により、国際組織「国際ビフレンダーズ」が発足した。日本には、国際ビフレンダーズの日本支部として1978年に大阪自殺防止センター、1998年に東京自殺防止センターがオープンした。
今や当たり前になっている電話相談サービスだが、立ち上がったのは意外と最近のような気がしないだろうか。私はそう思った。たった65年前だ。
ちなみに、チャド・ヴァラーは「自殺防止またはそれに相当する精神的問題」に特化してこのサービスを作ったが、現在では自殺だけでなくさまざまな精神的問題や感情的なケアをするサービスになっている。チャド・ヴァラーは2004年に、「もう私が作ったものとは目的の異なる団体となってしまった。緊急のサービスとして作ったのに、今やただのカウンセリング機関のようになっている」といい、サマリタンズから退いてしまった。彼は2007年、95歳で亡くなった。
現在のイギリスの「サマリタンズ」
もちろん、現在でもサマリタンズはイギリスとアイルランド共和国で精力的に活動している。電話だけでなく、メールや手紙、対面での相談も受け付けているため、聴覚に問題がある人でも連絡できる。
公式サイトはこちら。Samaritans
番号はこちら:116 123(イギリス、アイルランド共和国共通)
メールアドレスはこちら:jo@samaritans.org (イギリス)、jo@samaritans.ie (アイルランド共和国)
手紙のあて先はこちら:Freepost RSRB-KKBY-CYJK, PO Box 9090, STIRLING, FK8 2SA
実際に支部に行って話すこともできる。このページからイギリス内の支部を探せる。
365日24時間稼働しており、年齢、人種、宗教、思想にかかわらず、どんな人でも無料でコンタクトできる(固定電話も携帯電話もOK)。自殺に関することでなくても、精神的に悩んでいる時や助けを求めたい場合に相談に乗ってもらえる。
基本的には、「かけてきた人の話を集中して聞く」というサービスである。
専門的な問題は他の専門機関にかかった方がいい
依存症や特定の恐怖症など、自分で問題がわかっている場合や、より専門的なケアが必要な場合もあるだろう。その場合は、サマリタンズではなく、専門機関に相談した方が良い。
そのリストがサマリタンズのサイトにもまとめられている。精神病、依存症、性に関する問題、摂食障害、家庭内暴力、借金、ホームレス生活、などといったカテゴリに分けられている。
その他の相談サービス提供機関
イギリスにはサマリタンズ以外にも、多くの相談サービス機関がある。これはNHS(イギリスの国民保健サービス)がまとめたリストである。
不安症、うつ、双極性障害、パニック障害、自殺願望などそれぞれの状況に合わせた機関の連絡先が載っている。問題を抱える本人だけでなく、そうした知り合いがいる人の相談にも乗ってくれる。
また、高齢者向け、若者向けなど、特有のカテゴリに特化した自殺防止機関もあるようだ。
こうしたサービスを頼るべき状態の兆候とは
サマリタンズのサイトには、以下のような症状が表れていたら危険信号だと目安が掲載されている。
- 元気がない、疲れている
- 休まらない、落ち着かない、イライラする
- 泣きそうになる
- 人と話したくない
- いつも楽しんでしていたことが楽しめなくなる
- アルコールやドラッグを使って感情の対処をしようとする
- 日常的にしていることができなくなる
もちろん、こうした症状が出ても、一過性の場合や、自分で対処できる人もいるかもしれない。ただこういう症状が続いていて悩んでいたり、人に話を聞いてもらいたい時は、公共のサービスや専門機関を頼るのもありではないだろうか。
イギリス以外の国にも対応している、自殺対策の国際組織「国際ビフレンダーズ(Befrienders Worldwide)」はこちら。各国言語に対応している。
イギリスの医療システムの概要についてはこちらから。
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