パリにある、フランス中世の歴史的な作品を展示するクリュニー中世美術館。
過去に日本でも展覧会が開かれ、多くの観客を呼んだ6連のタペストリー「貴婦人と一角獣」を所有することで有名な美術館である。
この記事では、そのメインのタペストリー及び、その他の素晴らしい展示品も紹介していきたい。
目次
ユニコーンについて掘り下げた特別展
訪問時には、「MAGIQUES LICORNES」(~2019年1月7日まで)という西洋のユニコーン伝説を紹介する期間限定の特別展が開催されていた。
中世の時代、西洋の人々はユニコーンが実在すると信じていた。
ユニコーンにまつわる伝説は数多く伝えられてきた。ここに描かれているのは、その1つで、ユニコーンが自らの角を水に浸すと水が浄化されるというものである。浄化した水を求めて、他の動物たちがぞろぞろと集まってくる。
他にも、ユニコーンは数多くの特徴を持っているとされた。
- 若き処女しかユニコーンを捕まえられない
- 無理に捕まえると自殺してしまう
- 獰猛で素早い
- ゾウすらその角で殺せる
- 角にはあらゆる病気を治す力がある
などである。
ドイツ、マインツ大聖堂の参事会員であったブライデンバッハが、自身のエルサレムへの聖地巡礼の旅について記録した書物。道中、さまざまな風変わりな動物に出会ったこともここに記されている。
ラクダやキリンなどに加えて、ユニコーンがいるのがわかるだろう。ユニコーンを見かけたのは、エジプトのシナイ半島なのだという。彼は何を見たのだろうか。
キリスト教最初の殉教者であるという聖ステファノの生涯を描いたタペストリー。亡くなったステファノをライオンや一角獣、ヤマアラシなど危険な動物たちが取り囲んでいるが、不思議なことに動物たちは彼に触れもしない、という場面である。
一角獣が危険な獣だとみなされていたことを伝えるとともに、ステファノの聖性を伝える作品だ。
食事前や教会での儀式の前に手を洗うために使われていた水差し。水を浄化する力のあるユニコーンの水差しは、清潔さの象徴として使われていたようだ。
胸から細く伸びる口についている、おそらくバルブである小さな犬? のような生き物が可愛い。
会場内でも目を引いたのがこの現代アート。伝統的なタペストリーと陶器を組み合わせつつ、コミカルな表情を持ち合わせている作品。
ちょっとわかりにくいが、タペストリーにはデフォルメされたユニコーンの模様が織り込まれている(上部中央)。
展示はさらに、奥へと続いていく。そこで見えてきたのが、あの一連のタペストリーである。
6枚の謎に満ちたタペストリー「貴婦人と一角獣」
6枚の巨大なタペストリーに囲まれる空間で、視界が鮮やかな装飾で埋め尽くされる感覚に陥る。
このタペストリーの意味するもの
「貴婦人と一角獣」は、おそらく15世紀のフランドルで制作されたとされる(正確なところは不明)タペストリーのシリーズ。五感(「味覚」、「聴覚」、「視覚」、「嗅覚」、「触覚」)を表す5枚と、解釈がわかれる謎の1枚「我が唯1つの望み」の計6枚から成る。
基本的な構成は、赤地に若き貴婦人とユニコーン、ライオンが大きく表され、その周りにさまざまな動植物が配置され文様を作り出しているという構図である。
順番に見ていこう。
貴婦人(処女)がユニコーンの角を触っている。これが触覚を表す。
ユニコーンとライオンが身に着けている3つの三日月の紋章は、各作品に登場する。この紋章は、フランス王シャルル7世に仕えていたジャン・ル・ヴィストという人物のもので、彼がこのタペストリーを注文したと見られている。が、最近の新説では、その子孫のAntoine Le Visteという人物が注文主であるという可能性も浮上しているという。
貴婦人が、侍女から差し出される食べ物をつかみ、前方に座る猿は果物を食べている。これは味覚を表す。
ライオンと一角獣は、どちらもキリスト教圏ではキリストのシンボルとして扱われる。またそれ以外にも、ライオンは紋章や守護聖人のシンボルとしてもよく使われる動物である。
貴婦人は花の輪を作り、横にいる猿は花の香りを嗅いでいる。これは嗅覚を表す。
このライオンは人間のような顔をしていて面白い。
小さなパイプオルガンを弾く貴婦人の様子は、聴覚を表している。
貴婦人が手に持つ、豪華な金縁の鏡には、ユニコーンの顔が映し出されている。ユニコーンは、鏡の中の自分の姿を見つめている。これは視覚を表す。
ユニコーンは処女にしか懐かない、という伝説に、「ユニコーンは自分の獰猛さを忘れて乙女に近づき、前脚を乙女の膝にのせて眠ってしまう」というものがある。これはまさにその場面を表しているように見える。
6枚目が伝えるメッセージとは
これが、さまざまな解釈を生み出してきた6枚目だ。タイトルの「我が唯一の望み」とは、背景のテントに掲げられた言葉「À mon seul désir(my only desire)」である。
ここでは、貴婦人は他の5枚で身に着けていた首飾りを手に持っている。侍女が差し出す箱に、それをしまおうとしているのか、取り出すところなのかはわかっていない。また、他の5枚にはいなかった犬が台に乗せられてその様子を見守っている。この犬が指し示すものは何なのだろうか。
ライオンとユニコーンは、この作品ではテントの端をめくっている。貴婦人はこれからこのテントに入るところなのか、出てきたところなのか。
出ている解釈としては、これが五感の後にくる「理解すること」を表しているという説、注文主が結婚(婚約)の証として作らせたという説、また、首飾りをしまう仕草(しまっているとすれば)が、他の五感から起こった情熱を自ら放棄することを意味しているという説など、さまざまなものがある。
テントの先端にも、小さな紋章がついている。このテントは、何を表しているのだろう。自然界や神話的な世界とは隔たった、人間界なのだろうか。謎は深まるばかりである。
この作品では、ユニコーンはなんだか想いがこもった眼差しで貴婦人を見つめているように見える。
常設展も見ごたえたっぷり
この美術館の常設展は、展示品数は多くないが、見事な中世の作品を多く展示しているので、必ずチェックしておきたい。
特に象牙作品と金細工が見どころである。
かなり洗練された作りの聖母子像。象牙の白が美しい。
聖母の穏やかな表情と、幼子イエスのふっくらとした顔、体がよく彫り分けられている。そして衣服のドレープ(ひだ)の繊細さにも驚かされる。
二連祭壇画のうちの一枚であるこのパネルは、西洋でキリスト教が広まりつつある時に起きた、短期間の古代ローマの信仰(多神教)のリバイバルを反映しているという。
ところどころ損傷しているのでわかりにくいが、上部の松の木からシンバルが垂れ下がっている。松の木とシンバルは、古代ローマで信仰されていた大地母神キュベレーとその息子アッティスを象徴している。
女性は燃える松明を両手に持ち、儀式を行っているらしい。薄い布に透ける豊満な体の表現が見事である。
中央にキリスト、その四方に(おそらく右端から右回りに)聖母マリア、聖ヨハネ、聖ペトロ、マグダラのマリアの聖人たちがいる。
豪華絢爛な金細工なのだが、全体的に聖人たちがすごい人相が悪いのはなぜなのか……。
すごい睨みをきかせているように見える。
当時のローマ教皇ヨハネス22世の注文で、イタリア、シエナの金細工職人が製作した作品。金のバラは「楽園」を象徴し、四旬節というキリスト復活祭前までの46日間の期間に、教皇が信心深い人々や儀式に貢献した人物に贈り物として渡していたという。
これは現存する最古の「金のバラ」である。花の中央には青いガラスが嵌め込まれている。
ものすごく豪華な装丁の本。中央の象牙彫りにはキリストが十字架にかけられる場面が彫られている。周りの金細工は後から付け足されたもの。
フランスのスノンヌ大聖堂が所蔵していたというから、聖書をいれるものとして使われていたのかもしれない。
博物館外には古代ローマの風呂の遺跡が残っている
博物館の外側では、古代ローマ時代の浴場の遺跡を見ることができる。建造年は不明だが、おそらく1~2世紀だとみられている。
パリの前身「ルテティア」というローマ人の街にあった浴場の北側部分。全体では6000㎡にも及んだという当時のフランス最大の浴場であった。
地下には下水道と床下暖房が備わっており、地上には冷室、温室、ジムが備わっていたという。現代のスパと変わらないじゃないか……!! いやはや、ローマ人はすごい。
ローマ人の素晴らしい文化を知りたい方はこちらの記事もどうぞ。パリではなくてロンドンの古代だけど。
博物館展示からロンドン史を見る②古代ローマ時代の衛生観、医学と宗教
このクリュニー中世美術館は、常設展も特別展もかなり楽しめること間違いなしなので、歴史、美術に興味のある人はパリに行ったらぜひ訪れてもらいたい。
クリュニー中世美術館(国立中世美術館)
住所:28 Rue du Sommerard, 75005 Paris, フランス
常設展5ユーロ、特別展は+4ユーロ
コメント