5泊6日でポルトガル旅行に行ってきた。この記事では、古今東西の重要な美術品を展示するリスボン国立古美術館について、その概要と見ごたえある作品の数々を紹介していこう。
ポルトガルの街の概要と、この旅の目次的な記事についてはこちらから。
目次
リスボン国立古美術館
リスボン市内中心部からバスで約15〜20分程度の場所にある。人気観光スポットのジェロニモス修道院と割と近いので、同じ日に行くのが便利。
貴族の邸宅を再利用して1884年にオープンした美術館。全部で4フロアあり、地上階(日本の1階、ポルトガルでは0階と表記される)は期間限定の特別展、それ以外の3フロアでは常設展を見ることができる。この記事では、常設展の中でも特に目を引いた作品を紹介していく。
この美術館の見どころの1つに、狩野内膳の「南蛮屏風」があるはずなのだが、私が行った時はその展示室は残念ながら閉まっていた。他にもいくつか閉鎖されている部屋があった。
優れた彫刻作品
ギリシャ時代の彫刻をローマ時代にコピーしたもの(ローマンコピー)。優美なひねりを持つ男性の肉体を表すトルソで、腰の滑らかなラインに色気がある。理想化されながらも写実的である人体表現は、古代ローマ時代の十八番。
聖女カタリナの彫刻。カタリナの名を持つ聖女は2人いるが、こちらはアトリビュート(決まった持ち物)の車輪から、アレクサンドリアのカタリナの方だとわかる。
剣もカタリナのアトリビュートだが、冠を被った人を頭から突き刺している。キリスト教を迫害するローマ皇帝を説得しに行ったという伝説を持つ聖女だから、これはローマ皇帝だろうか。それとも、「迫害」そのものの擬人化だろうか。
祈りを捧げる聖オヌプリウスの木彫。4〜5世紀に砂漠で暮らしていた隠者と言われる。大変量感のある彫刻で、長い髭と髪のうねる表現は見事。
眼球がガラスで作られており、ぬるりとした(と書くとちょっと不気味だが)目に生々しい生命力が感じられる。
三日月に乗る聖母マリア。大変きらびやかな服を着ていて、たっぷりとした衣服のひだもさることながら、その細かな装飾には驚かされる。
足元で踏みつけられているように見える天使たちは、マリアを支える顔だけの天使ケルビムである。「神の乗り物」として、マリアをこのように支える表現はしばしば出てくるが、立体になるとよりシュールさが増す。
当時インドにあったポルトガル植民地で制作されたもの。この美術館には、他にもポルトガル領インドの作品が多数展示されていた。
痩せた体に生々しい傷跡が痛々しい。特に膝なんて肉が見えているようで、グロテスクでさえある。スペインやポルトガルは敬虔なカトリックの国であるからか、こうしたキリストの痛みを強調する表現が多く見られる。
国宝「サン・ヴィセンテの祭壇画」
ポルトガルの国宝である、58人もの群像が描かれた大きな祭壇画。制作者や動機、描かれた人物については諸説あり、謎が多い作品だ。6つのパネルはつながっているようでつながっていない。
中央の2枚の赤と金の服を着た人物はどちらも、リスボンの守護聖人聖ヴィセンテとされる。何かの儀式を思わせる厳かな雰囲気が漂うが、何について描かれているのかは不明である。
また人物像はそれぞれ表情も衣装も個性を持って表現されているが、当時の王家の人物が描かれている、エンリケ航海王子が描かれているなど諸説あり、確定していない。
見どころの多い絵画作品
「エッケ・ホモ」とはキリスト教芸術のテーマの1つで、受難や拷問を受けるキリストの姿をモチーフとする。
茨の冠の棘が布から突き出ている。キリストの目が白い布で覆われていることが、この作品を一層印象的にしている。体全体で正面を向いているのに、肝心の目は隠されており、なんとも不安感がある空間だ。
白い布と強いコントラストになるのは、真っ暗な背景。まるで、目を覆われ視界が塞がれたキリストが感じる世界、または孤独感を表しているかのようだ。
父なる神と神の子キリスト、精霊を表す鳩の「三位一体」が描かれたもの。この3つは切り離せないものであり、3つで1つの神(絶対神)を表すというキリスト教の根本的な考え方だ。
その中でもよく描かれるのはキリストと精霊(鳩)で、父なる神はよく画面上部の空の上や雲の上にうっすらと描かれることが多い。
ここでは、冠をかぶった父なる神と、赤色の服を着たキリスト、その上を飛ぶ鳩が中央に描かれる。こんなにはっきりと大きく描かれる神の姿はちょっと珍しいので気になった。周りを囲んでいるのは4人の福音書記者と旧約聖書の人物たちである。
聖フランチェスコの伝説にある、天使から聖痕(キリストと同じ箇所にできる傷のこと)を受ける場面を描いたもの。
上空の6つの翼を持つ天使から、光線のようなものが聖フランチェスコに注がれている。手のひらや脇腹、足など、キリストが傷を受けた箇所と同じところに傷を作っているのだ。一見、聖フランチェスコが操り人形のように見えてなかなか面白い表現だと思った。
大画面に地獄の凄惨な様子を描いた、興味深い作品。釜茹でにされる人、逆さまに吊るされる人、拘束されて器具で拷問を受ける人など、さまざまな罪人たちが罰を受けている。
煮えたぎる釜の中には、頭頂だけ髪を沿った特徴的な髪型の男性が二人いるが、これは修道士である。彼らはどんな罪を犯したのだろうか。
釜の左側では、悪魔が女の口に咥えさせたフラスコに豚の血(たぶん)を絞り流している。
奥で椅子に座るのは、地獄の王サタン。アフリカ式の玉座に座ってアフリカ式の笛を持ち、ブラジル様の羽飾りをつけている。これらは、この絵が描かれた時に大航海時代真っ只中のポルトガルが植民地化していた地域の文化である。侵略した場所の文化を悪魔と結びつけている、なんとも強烈な表現だ。
猟犬に追い詰められた雄鹿を描いた作品。犬に怯える鹿と、躍動感ある猟犬たちの動きを見事に捉えている。鹿の堂々たる立派な角と、輝くようなつやつやとした毛並みが美しい。命を狙われている側だが、この絵の主役は間違いなくこの鹿だ。
こちらは絵画ではなくタペストリー(織物)。壁一面を覆う巨大な作品で、大航海時代のポルトガルのインド発見をモチーフとしている。1498年にヴァスコ・ダ・ガマがインドに到達したことを讃えるものだ。
インドから持ち込まれた、さまざまなエキゾチックアニマルたち。船に乗っているのはラクダとダチョウだろうか。檻にはインコのような南国の鳥やヒョウらしき動物が入れられている。
船から降ろそうとしているユニコーンはちょっと無理があるんじゃないかな……。実際はインドサイとかだったのかな……(実際、ユニコーンがサイを元にしてできた幻獣だという説がある)。
巨匠たちの絵が並ぶ部屋は必見
次々と見ていくと、ドイツ、フランドルの巨匠たちの作品が集まった素晴らしい部屋があった。
ヒエロニムス・ボスの祭壇画
ヒエロニムス・ボスの大きな三連祭壇画。聖アントニウスも隠者として砂漠で苦行の人生を送った聖人で、その最中に悪魔が堕落させようと幻覚を見せたりして誘惑してくるという逸話がある。この祭壇画ではその誘惑シーンが描かれている。
奇妙な生き物たちが出てくる幻想的な世界は、ヒエロニムス・ボスの得意とするところだ。
両パネルの外側には、モノクロームの絵が描かれている。閉じるとこれが見えるようになるのだ。これはキリストがローマ人たちに捕えられてしまったところ。
こちらはキリストが十字架を運んでゴルゴダの丘を登っている場面。
さて、これが左パネル。ここでは聖アントニウスが上部と下部に2箇所描かれる。1つは空を飛ぶ爬虫類のような生き物に乗せられさらわれているところ、もう1つは、悪魔の攻撃を受けて倒れてしまったアントニウスが修道士たちに橋の上を運ばれているところだ。
橋の下には、謎の生き物たちが集まっている。隠れて何か悪巧みでもしているのだろうか。
こちらは中央パネル。悪魔たちが楽しげに宴を開いているが、建物は荒れ果て、後景には火事が広がっている。この街が火に燃える表現は、聖アントニウスの麦角中毒(菌汚染された麦を食べてかかる病気)と火災に対する守護を表すシンボルだという。
聖アントニウスは中央で右手を挙げ、祝福のポーズをとっている。その右手の指が指す先にあるのは、室内に飾られている磔刑のキリスト像だ。これらは周りの悪魔たちに対する抵抗である。
その左側にいる、豚の顔を持ち頭にフクロウを乗せた人物は異端さを象徴し、その後ろの黒肌の人物は、贅沢と魔術のシンボルである蛙を乗せた皿を持つ。
不思議な生物で満ちた世界。木と人が合わさったような生き物や、ハープを弾きながら割れた赤い果実から出てくる骸骨のようなものなど。
画面下部では、鎧や武器を身に着けた魚や、ボートと一体化してしまった男(?)など。帆にはエイが貼り付けられて腹を見せている。この頃すでに、エイがこんなに写実的に描かれるほど知られていたのか……。
右パネル。画面中央左側には裸で横に座る聖アントニウスを誘惑する女性がいる。しかし、彼は沈考したまま、鑑賞者を見つめるようにこちらに視線を向けている。
画面下部には、最後の誘惑であるパンとワインの瓶がテーブルに置かれている。テーブルの脚代わりとなる悪魔のうちの一人は、壺に片足を突っ込んでいる。これは性行為を暗示している。
クラナハのサロメ
細身ですらっとした人体表現からなる独特のエロティシズム、現代の感覚からいえばややさらりとした量感の個性的な表現が特徴のクラナハだが、この作品は一味違うように思える。
洗礼者ヨハネの首もサロメの顔も、より肉感的で、写実性が高まっている。どっしりとした重量が感じられる毛皮のコートは背景の闇に一部溶け込んでいる。まるで貴婦人の肖像画のような、伝説の王女サロメ。本当にクラナハなのだろうか? と思ったくらいだ。
デューラーのヒエロニムス
ドイツの巨匠デューラーの作品。聖ヒエロニムスは、聖書のラテン語訳を制作した人物で、この絵のように書斎にいる姿や書物、頭蓋骨と共に描かれることが多い。
このヒエロニムスは鋭い視線を鑑賞者に投げかけ、意味深に頭蓋骨を指差している。これはなんだろうか、頭脳を指しているのか、それとも「メメント・モリ(死を忘れるな)」なのか。
後ろの壁にかかる磔刑像は、この部屋の奥行きある空間を示している。
この髭を見よ。ものすごい細密度。光に照らされて光る毛を一本一本描きだしている。恐るべき、執念とも言えるほどの筆運びだ。
うつくし・おもしろい工芸品、調度品
展示室の中央でまばゆく光っていた、シルバーの卓上装飾。狩りをテーマにしたもので、動植物のモチーフが複雑に組み合わさっている。最上部には天使が2人彫られている。
側面には猟犬のグレイハウンドが2頭、細い脚を組んで優雅に伏せる。この繊細な調度品を飾るのにふさわしい。
ペンでさらさらと描いたような、キャラクターの顔がゆるいスタイルに目が止まった。コミカルで、今どきの漫画みたいでもある。
この独特の青い工芸品は、ファイアンス焼きという陶磁器の一種。アズレージョというポルトガル伝統のタイル壁画にも使われている技法だ。
こちらもファイアンス焼き。これはハーピーらしいけど、ハーピーは通常、人間の女性の上半身に鳥の下半身を持つ怪物の姿で表現される。この生き物は……牛のような顔に、女性の胸、鳥の下半身? を持ったキメラのようだ。
キャプションの解説にも「人間の女性の頭に鳥の体を持ったハーピー」と書いてあったのでさらに混乱した(他の作品と間違ったのかと思ったがそういうわけでもない)。この生き物はなんだろう……。
ヘラクレスがライオンと戦っている場面だが、ライオンの口がまるでカバみたいになってしまっているのが面白くて写真を撮った。こうやって口を引き裂こうとしているのだから、ヘラクラスの怪力はすごいものである。
上品な作りの木製のキャビネット。この時代、ポルトガルの家具はイギリスの様式に大きく影響を受けていたという。しかし、その使用目的はイギリスの人々とはかけ離れていた。
他の国ではこうした家具には本を収納していたのに対し、ポルトガルではこのように、観音開きの部分に磔刑像や聖人像を配し、個人宅の小さな礼拝堂(日本の家にある仏壇みたいなものかな)として使っていたのだ。さまざまな素材を使った、大変豪華絢爛な内装になっている。
長々と紹介してきたが、それでも常設展で見られる傑作の数々を語りきるにはとても足りない。
リスボンに行くアート好きには、ぜひチェックしてもらいたい場所の1つ。
リスボン国立古美術館(Museu Nacional de Arte Antiga)
住所:R. das Janelas Verdes, 1249-017 Lisboa, Portugal
料金:大人6ユーロ(家族割などさまざまな割引あり)、アズレージョ美術館とパンテオンとの3スポットセットで15ユーロのチケットあり
近くの教会&公園
美術館を見終わった後、少し足を伸ばして近くの教会と公園にも行ってみた。
この教会は写真不可だったのが残念だが、中は金の内装がきらめく大変美しい教会だったので時間があればぜひ立ち寄ってみてほしい。
Basílica da Estrela
住所:Praça da Estrela, 1200-667 Lisboa, Portugal
入場無料
教会のすぐ裏にある公園。緑がいっぱいで冬なのを忘れてしまいそう。
沖縄で見たガジュマルの木みたいな変わった形をした大木があった。
綺麗な池。ガチョウが群れをなして歩いていたり、鴨などの小さな水鳥が泳いでいたりと、生き物も結構いて癒やされる。小休憩に良い公園。
Jardim da Estrela
住所:Praça da Estrela n°12, 1200-694 Lisboa, Portugal
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