イギリスを統計から見るシリーズ。
前回の「【統計で見る】イギリスの自殺率:最も高いのは中年男性」に引き続き、イギリス国家統計局の資料「Suicide by occupation, England: 2011 to 2015(2017年発表、当記事執筆当時最新資料)」を和訳して、職業によって自殺率にどう違いが出るのかを見ていく。
※これはイギリスの中でもイングランドのみの統計となる。当記事での「国平均」は「イングランドの平均」を指す。
目次
概要
- 2011~2015年の間の20~64歳の自殺者数は1万8998人。年間10万人あたり12人の割合となる。これらの自殺者のうち7割は死亡届が出された時点の職業が判明している。
- 最も低スキルの単純作業に就いている男性は、自殺リスクがイングランド男性全体の平均より44%高い。一方、やや複雑な肉体労働(※)の男性の自殺リスクは平均より35%高かった。
※やや複雑な肉体労働(原文ではskilled trades)とは、単純作業よりも特殊技術や経験の積み重ねが必要とされる現場作業、肉体作業を意味する。建設系や農業、金属・電気工業系などが含まれる。 - 低スキル職に就いている男性のうち、建設業の人は自殺リスクがイングランド男性全体の平均の3倍となる。
- やや複雑な肉体労働に就いている男性のうち、自殺リスクが最も高いのは建設仕上げ業である。特に左官、塗装、装飾は自殺リスクがイングランド男性全体の平均の約2倍となる。
- また、文化、メディア、スポーツ関連の職業では、自殺リスクが男性は国平均より20%、女性は69%高くなる。この業種が、芸術や文学、メディア関連の職業の中で自殺リスクが最も高いグループである。
- 女性では、医療関連の職に就いている人の自殺リスクが国平均より24%高い。女性看護師に自殺が多いことにもつながる。
- 男女ともに、介護職の自殺リスクは国平均の2倍高い。
- 教員や教育関連の職に就いている女性は自殺リスクが低いが、幼稚園や小学校の教師はリスクが増加するというデータがある。
- マネージャー、ディレクター、シニアなどといった最も収入の高い役職グループは、自殺リスクが最も低い。企業のマネージャーやディレクターの自殺リスクは、男女ともに国平均より70%低い。
男性の職業別自殺率
イングランドでは単純作業に従事する男性の自殺率が一番高い
イングランドでは、自殺者の大多数が男性である。
職業カテゴリは上から以下のようになる。
- マネージャー、ディレクター、シニア
- 専門職
- 準専門職・技術職
- 管理や秘書業務
- やや複雑な肉体労働(原文ではskilled trades。elementary occupationsよりはやや上の技術や経験を要するもののようだ)
- 介護、レジャー、その他サービス業
- 営業、カスタマーサービス
- 加工、工場、機械関連のオペレーション
- 単純作業(原文ではelementary occupations。学歴や資格を必要とせず、単純なツールを使ってする作業やルーチンワークを指す)
※イギリス統計局の職業グループの基準はこちらを参照
点線がイングランドの平均自殺率。それを超えているのは、高い順から「単純作業(+44%)」、「やや複雑な肉体労働(+29%)」、「介護、レジャー、その他サービス業(+9%)」、「プロセス、工場、機械関連のオペレーション(+8%)」となる。
自殺率1位と2位の「初歩的な仕事」、「やや複雑な肉体労働」において、さらに具体的な業種を以下で見ていく。
単純作業のうち自殺率が高い業種
業種カテゴリは上から農業、建設業、加工工場。
単純作業は、いわゆる肉体労働と管理・サービスの2つに分けられるが、この2つの自殺率の差は大きく、肉体労働の方が国平均の3倍に及ぶのに対し、管理・サービスは国平均と差がないという。
肉体労働の中でも最も自殺率が高いのが建設業。その後に工場作業(機械操作の補助など)、農業と続く。
やや複雑な肉体労働のうち自殺率が高い業種
「やや複雑な肉体労働」のカテゴリは13の小カテゴリに分けられるが、そのうち特に自殺率が高いのがこの6カテゴリである。業種は上から以下のようになる。
511.農業関連
521.金属成形・溶接関連
522.金属加工・金具や器具製造
524.電気・電子工学
531.建設業
532.建設仕上げ業
「やや複雑な肉体労働」カテゴリでも、建設仕上げ業、農業、建設業が自殺率上位3位となっている。農業、建設が上位になっていた単純作業のグラフと似ていることがわかるだろう。
建設仕上げ業の自殺率は国平均の2倍に及び、そのほとんどが左官、塗装、装飾といった職業の人であった。
農業関連業の自殺率は国平均の1.7倍に及び、火器や銃器へのアクセスが簡単なことが高い自殺率につながっていると考えられている。しかし最新のデータでは、農業従事者の自殺リスクは国平均と差がなく、代わりに庭師の自殺率が国平均の2倍になっているというデータが出ているようだ。
建設業の自殺率は国平均の1.6倍に及び、この中でも特に屋根職人、タイル職人、スレート職人の自殺率が高い(国平均の2.7倍)という。
女性の職業別自殺率
女性の自殺率自体は男性より低いが、職業別の自殺率の差はある
職業カテゴリは上から以下のようになる。
- マネージャー、ディレクター、シニア
- 専門職
- 準専門職・技術職
- 管理や秘書業務
- やや複雑な肉体労働(原文ではskilled trades)
- 介護、レジャー、その他サービス業
- 営業、カスタマーサービス
- 加工、工場、機械関連のオペレーション
- 技術のいらない作業(原文ではunskilled occupations)
イングランドの平均と比べて自殺率が目立つほど高い職種はないが、見てわかる通り、職業による自殺率の差は明らかに存在する。
国平均を超えているのは、「加工、工場、機械関連のオペレーション」、「技術のいらない作業」、「やや複雑な肉体労働」の3つ。この3つは男性のグラフでも国平均を超えている。だが、男性では平均を超えていた「介護、レジャー、その他サービス業」は、女性の場合は平均を下回っている。
ただどれにせよ、この大まかなカテゴリでは突出して自殺率が高い職業はわからない。そこで細かな業種でさらに掘り下げてみたところ、女性の自殺率が国平均を大きく上回るものが判明したという。
女性の自殺率が高い業種
業種は、上から「文化、メディア、スポーツ業」「医療関連職」。文化、メディア、スポーツ業は国平均の1.69倍。芸術、文学、メディア分野では自殺が多いというデータも出ており、これらの業界での自殺率の高さと関係しているとみられる。これらの職種で自殺率が高くなる傾向は男性にも見られた。
医療関連職の自殺率は国平均の1.24倍で、中でも看護師の自殺率が高い。主な自殺方法は服毒自殺で、全体の4割以上を占める。ただ、業種に関係なく自殺方法として服毒を選ぶのは女性の方が多い傾向がある。
もう2つ、女性の自殺率が高いとして抽出されたのが「幼稚園・小学校の教員」と「介護職・在宅介護職」である。
介護職・在宅介護職の自殺率は国平均の1.7倍。
教職や教育関係者全体の自殺率は国平均より31%低くなっているものの、幼稚園と小学校の教員に限ると平均の1.42倍になったという。
職業によって自殺リスクに差が出る理由
職業別の自殺リスクについては、イギリス内でも他の国でもさまざまな研究がなされている。職業によって自殺率が異なる理由は多くの要因が絡み合っているため複雑だが、以下の3つの理由が挙げられる。
(1)低収入や雇用の安定性が低いなど、仕事にまつわる要素
ケンブリッジ大学の研究によれば、最も自殺率が高いのは、最も低スキルの職業(清掃などの高い技術を必要としない労働)である傾向が見られるという。逆に最も自殺率が低いのは、高いスキルを要する職業(マネージャー、役員、シニアなどの高位役職など)だった。低スキルの職業に従事する人は低収入、雇用が安定しない、労働パターンをコントロールできない環境にある傾向がある。
また同大学の別研究によると、さまざまな職業で収入と雇用レベルを操作した結果、職業別の自殺リスクの差は大きく減少したという。つまり、実際の職種が個人の自殺リスクを高めているわけではなく、収入や雇用の安定などの仕事の特徴、そして特定の業界で働く個人の社会経済的な性質が自殺リスクに影響している可能性がある。
(2) 自殺リスクが高い人は特定の職業を選んでいる場合がある
例えば、アルコール依存症のリスク(これも自殺リスク要因の一つである)がある人は酒類が自由に飲める職業を選んでいる、というようなこと。つまり、自殺リスクを高める可能性のある仕事は、その仕事の性質によって惹かれる人がいる。
(3)自殺に使える方法に関する知識があったり、自殺に使えるものを手に入れることができる環境にある
イギリス統計局によると、1991~2000年には、イングランドとウェールズで医師、歯科医、看護師、獣医、農業従事者の自殺率が増加した。これらの職業で自殺率が高い理由は、致死性の薬や火器を簡単に入手できる職業であることとされている。また、薬の種類や致死量、効果など、自殺方法に使える知識を持っていることも一因であるとされる。
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