LGBTアーティストの展示は耽美の宝庫だった@テート・ブリテン

2017年5月16日イギリスのアート情報, 耽美, アート情報・展示レポ

テート・ブリテンで開催中の「Queer British Art 1861-1967」(~2017年10月1日まで)に行ってきた。

「Queer」とは、「奇妙な、風変わりな」という意味。もとは中傷する言葉として使われていたが、セクシャルマイノリティの人たちが自分たちを指す言葉としても使われるようになった。

LGBTQ(ゲイ、レズビアン、トランスジェンダーなどセクシャルマイノリティの人たちのこと)だったイギリス人アーティストたちの作品展ということ以外、あまり情報がなく見に行ったのだが、思いがけず「耽美主義の宝庫」であった。

耽美主義な私としては大変楽しめたので、ここでぜひ紹介したい。イギリスはやはり耽美で溢れている。

「耽美主義」の詳しい説明は、この記事にがっつり書いてあります。↓

要は、美術史での耽美主義とは「美のみに最高の価値を置く思想」

セクシャルマイノリティのアーティストたち

現代こそLGBTに寛容な社会になったものの、少し前まで、同性愛は排斥の対象だった。

イギリスでは1861年に男性の同性愛者に対する死刑こそ廃止されたが、それでもまだ刑務所に投獄される対象であった。

女性同士の恋愛は違法ではなかったが、当然のごとく偏見にさらされた。

肩身の狭い思いをしながらも、セクシャルマイノリティの芸術家は自分の作品にその想いを反映させてきた。

「芸術家にとって世界がどう見えていたか」は作品からはっきりわかる。
セクシャルマイノリティの芸術家もまた、彼らの目線で世界を見、彼らの感性をもってして「マジョリティ」の芸術家と同じように美しいものをたくさん生み出してきた。

※会場内は撮影禁止なので、画像は載せてOKなものを引っ張ってきた。ここで紹介する作品はすべて展示で見ることができる。

フレデリック・レイトンの妖艶な男性像

豪華な屋敷をロンドンに遺した、芸術家フレデリック・レイトンの彫刻があった。彼は絵画で有名だが、彫刻も手掛けている。

レイトンも耽美主義者かつ同性愛者であった。詩人Henry William Grevilleと恋仲になった。その他にも、若い男性が周りに多くいたようだ。
彼の彫刻作品のひとつに、妖艶な男性像がある。

 「The Sluggard」1885年

タイトルの「The sluggard」は怠惰な者、怠け者という意味。

後ろから見ても素晴らしかった。しなやかな筋肉、ほどよい肉づきの肢体がとてもエロティック。
写真が撮れなかったのが残念だが、沿らせた顔を斜め後ろ(右肩のあたり)から見ると、とても綺麗なラインが現れる。

神話の中のLGBT

シメオン・ソロモン 「バッカス」1867年

酒神バッカスは、中性的に描かれることの多いモチーフだ。

カラヴァッジョの「バッカス」も相当色っぽい美少年だけれど、このソロモンのバッカスは青年の色気がある。唇の表現などはとてもフェミニン。

参考↓

カラヴァッジョ「バッカス」1595~1597年

この作品の作者、シメオン・ソロモンはラファエル前派の画家だ。「オフィーリア」のミレイやロセッティなどが属していた、あのラファエル前派だ。

シメオン・ソロモン 「自画像」 1859年

自画像も中性的だ。ロセッティに出会ってラファエル前派に入ることとなったソロモンは宗教画や神話画で名声を得ていたが、1873年、公の場で用を足した罪と、同性と性交渉を持とうとした罪で逮捕。

出所後も作品を世に出し続け、「サロメ」「ドリアン・グレイの肖像」で有名な作家オスカー・ワイルドも彼の絵をコレクションしていた。

後述するが、ワイルドも同性愛の罪で投獄されている。この界隈は同性愛者が多かったのかもしれない。

「レズビアン」の語源になった女性詩人

シメオン・ソロモン 「Sappho and Erinna in a Garden at Mytilene」1864年

これもソロモンの作品。

古代ギリシャの女性詩人サッフォー(右)と、同コミュニティ内の女性詩人エリンナ(左)が睦まじい様子が描かれている。

サッフォーは紀元前7世紀にレスボス島で生まれた。女性に向けた愛の詩を多く残したため、彼女が同性愛者だという見方はすでに当時からあったようだ。

同性愛者であった彼女の故郷レスボス島に由来して、「レズビアン」という言葉が生まれた。

黄色い衣装を着たサッフォーはやや地黒に、筋肉質な体と男性的な特徴を持って描かれ、エリンナは白く柔らかな肌を持ったより女性的な人物に描かれている。少し胸がはだけていて煽情的でもある。美しいレズビアンの絵画である。

この作品は、ソロモンの活動していた時代、エリンナがサッフォーの仲間であったという説をモチーフにしたらしい。
だが現在では、エリンナは活動していた時代がサッフォーより少し遅く、ラスボス島にはいなかったことがわかっているため、彼女らは実際に交流していないことがわかっている。

2人とも詳しい人生がよくわかっていないため、ミステリアスな存在である。ソロモンは彼女たちの美しくも背徳的で、また謎に満ちた物語に強くインスピレーションを受けたのだろう。

ソロモンは晩年アルコールに溺れ、アルコール依存症となってその生涯を終えた。 

どう見ても男性の体のビーナス

ウォルター・クレイン「The Renaissance of Venus」1877年

この作品、モチーフはよくある水辺にたたずむ女神ビーナスで、ボッティチェリの絵を思い出させる。

参考↓

ボッティチェリ「ヴィーナスの誕生」1485年頃

一見綺麗な絵に見えるのだが、「ビーナスの体に違和感があるな」と思った。
特に胸が変だ。男の体に乳房だけとってつけたように見えたからだ。

解説を読むとやはり、だった。クレインは妻に女性モデルを起用することを許されておらず、しょうがなく男性モデルを使ってビーナスを描いたのだという。

どうりで角ばって筋肉質なビーナスだと思った。

解剖学的な筋肉を意識しすぎて、女性もムキムキに描いてしまったミケランジェロとはまた違った「中性的な(?)」肉体だ。
参考↓

ミケランジェロ「最後の審判(部分)」 1536年~1541年

ちなみにミケランジェロもゲイだったことはよく知られている。

女性画家の描く女たち

イーヴリン・ド・モーガン「Aurora Triumphans」1886年

タイトルは「アウロラの勝利」。下方右にしなだれかかっている裸の美女がアウロラ。 ローマ神話の夜明けの神で、「オーロラ」の語源ともなった。

左側の、顔が見えない女性は「夜」。アウロラが裸で白い肌を見せているのに対し、夜は黒い衣装をまとった対照的な姿で描かれている。

アウロラが光で陽、夜は暗と陰である。夜明けが夜を負かしたのだ。中央の3人の天使は勝利の笛を吹いている。

一見真ん中の天使たちが主役に見えるが、タイトルからもわかる通り、主役はアウロラだ。このアウロラのモデルは画家イーヴリンの妹の家政婦であった。

イーヴリンは女性だが、この家政婦にほれ込み絵のモデルにしており、よく裸の姿で描いていたようだ。しかしイーヴリンはこの絵を描く3年前に男性と結婚している。

当時は、レズビアンの女性であることと、男性と結婚することが両立していた時代だった。

ドーラ・キャリントン「Female figure lying in her back」 1912年

女性画家キャリントンがまだ画学生だった時に賞を受賞した作品。
黒い背景が女性の肌の白さを際立たせている。赤く染まった頬と柔らかな肌が艶めかしく、キャリントンのレズビアン的な視線も感じられる。

実際、キャリントンはバイセクシャルであったようだ。

ドーラ・キャリントン「リットン・ストレイチー」1916年

バイセクシャルであるから、男にも恋をする。この絵のモデルであるストレイチーに彼女は恋していた。
画家が自分の意志である人物をモデルにするときは、特別な思い入れがある場合が多い。

ストレイチーはナイチンゲールやヴィクトリア女王の伝記を手掛けた伝記作家。そして同性愛者であった。キャリントンとは一緒に住むほど仲がよかったが、恋愛対象ではなかった。

そんな中、キャリントンはストレイチーが恋していた男性と結婚する。そして3人で一緒の家に住み始めたのだった。すごい話である。

ストレイチーが胃がんで死んだ2か月後、キャリントンは自殺する。彼のいない人生にはもう意味がなかったのだ。

オーブリー・ビアズリーの作品もラインナップに!


ジャック・エミール ブランシュ「オーブリー・ビアズリー」1895年

私の一番好きな画家、オーブリー・ビアズリーの作品もこの展示で紹介されていて、体温が上がった。

ビアズリーは同性愛者ではなかったが、彼の作品には多様な形で(当時はスキャンダルな形で)セックスシンボルが出てくる。

「『女の平和』挿絵」1896年

古代ギリシャ作家アリストファネスの「女の平和」の本の挿絵。冷静に見るとちょっと笑ってしまうような絵だ。

ビアズリーの描くセクシャルな絵は過激すぎるとして、描き直しを求められたり掲載を却下されることもたびたびあった。

ワイルド「サロメ」の挿絵で著名に

オスカー・ワイルドの小説「サロメ」の専門挿絵画家となったビアズリーは、着実に名をあげていった。

サロメのざっくりとしたあらすじについてはこちらの記事をどうぞ。

素晴らしい空間の使い方と、繊細だけれど思い切りのよい線。最高にかっこいいモノクロームのイラストレーションだ。

預言者ヨカナーン(ヨハネ)に迫る古代ビザンツの王女サロメ。サロメはヨカナーンに恋している。孔雀のドレスをまとうサロメは男性的に、ヨハネはやや女性的に描かれている。

サロメは孔雀のオスが求愛するように羽根を広げて、威圧的に、支配的にヨカナーンに迫る。従来のスタンダードだと考えられていた「迫られる女」「迫る男」という性の役割が逆転している。

これはサロメの母でビザンツの女王、ヘロディアスが登場する場面。

胸をさらけ出した煽情的な姿のヘロディアスの左にいる、奇妙な姿の召使は、服の下で勃起している。右隣には、若い全裸の男が意味ありげに立っている。

ワイルドは「サロメ」でこのような描写はしていない。ビアズリーのイマジネーションでこのような場面が作られたのだ。

このヘロディアスも支配的だ。「サロメ」には、従来考えられていた性の役割を逆転しようとする試みが多く見られる。

「サロメ」のクライマックス直前の場面。サロメはヨカナーンを手に入れたいあまり、召使に殺させる。愛しの男の首を掴みあげるシーン。この後、彼女は念願のキスをする。

「サロメ」を世に出した後、ワイルドは同性愛の罪により投獄されてしまう。挿絵画家としてワイルドとセットとして見られていたビアズリーも、とばっちりで世間から非難を受けることとなる。

ビアズリーは結核で、25歳の若さでこの世を去った。死ぬ前には卑猥な表現の作品を「全部燃やしてくれ」という手紙を知人に送っている(その約束は果たされず、こうして展示までされている)。


このような「アーティストの共通のバックグラウンドに注目した作品展」というのはなかなかないので、面白かった。
だいたいの作品は「主義(派)」「作品の共通点」などにフォーカスが当たっているので。

もしこれからロンドンに来る人は、2017年10月まで開催しているのでぜひ足を運んでほしい。