アートで見る歯医者と歯科治療の歴史@ロンドン・ウェルカム・コレクション

2018年8月4日イギリスのアート情報, ウェルカム・コレクション, アート情報・展示レポ

※この記事内の画像のクレジットはすべて©Wellcome Collection

ロンドン、ウェルカム・コレクションで開催中の「Teeth」(~2018年9月16日まで)に行ってきた。歯と歯医者の歴史を見る展示である。科学や医療を中心とした展示を行っているウェルカム・コレクションらしく、「新しい切り口だな」と思った。

しかも、この博物館、こうした特別展も無料なのでありがたい。

今回は、この展示の見どころについて、実際の展示品と共に紹介していきたい。

歯の健康を願う祈り

歯のお守り 左からモグラの足(1890~1910年)、動物の歯(1901~1910年)、お供え用のテラコッタ製の口(紀元前200~紀元200年)

歯に関するお守りは古代から存在していた。それだけ歯の病気や治療は人間にとって重要な物であった。また、まだ現代のような歯の治療法が確立していない時代は、ハーブと瀉血(血を抜くこと)による治療、予防としてお守りを身に着けることが一般的な「治療法」であった。

一番右の人間の口を模した彫刻は、歯の病気を治るようにという祈り、または歯が健康になったことへの感謝を込めて、ローマ・ギリシャ神話の薬の神であるアスクレピオスに捧げれらたものだと見られている。

モグラの足は、西洋では古代ローマの時代から、歯の痛みを抑えるお守りだとされてきた。また動物の歯は、持ち歩くことで、持ち主の歯の痛みがその動物の歯に移ると信じられていた。20世紀までそんなことが考えられてきたのか(だとしたら驚きだが)、この品物の収集時期が20世紀というだけだったのか、そこは不明であった。

聖アポロニアとその拷問者たち 1850~1928年

聖女アポロニアは、ローマ帝国時代のキリスト教徒で、殉教後に聖人に列せられた、歯の守護聖人である。

伝説によれば、彼女はキリスト教反対者たちから歯をすべて抜かれる拷問を受けたという。右の男は彼女を縄で縛り、左の男は歯を抜く道具を手に持っている。

歯に問題を抱えた人は、この聖アポロニアの像に向かって祈りを捧げていた。

ルイ=レオポルド・ボワイー「The first tooth(左)」「The last tooth(右)」1826年

左は、生まれたての赤ちゃんに最初の乳歯が生えてきたところを喜ぶ家族。右はその逆で、最後の歯が抜けてしまった老女を囲む家族の様子。乳歯から永久歯に生え変わるのは、子供にとって成長を証明する一大イベントである。そしてまた、歯をなくすのは老いの印、死が近づいている印でもある。

歯は、人間の一生の中でも成長と老化を示すファクターでもあるのだ。

唯一の治療法は「歯を抜くこと」

ジェーン・ジャクソン「Methode of Phisicke」1642年

歯の治療法が書かれた17世紀の医学本。歯の虫(当時、歯が腐るのは口の中にいる虫が原因と考えられていた)を退治する方法、ホワイトニング、歯痛の止め方、歯を割って落とす方法などが載っている。

この時代には、歯の治療といえば、ほとんどが歯を抜いて瀉血をするくらいしかなかったのだ。

歯科用品 16~17世紀 フランス

当時の歯の治療に使っていた道具。ものすごいごつく見えるが、それもそのはず、主目的は「歯を抜くこと」なのである。一番上の大きな木製容器は、これらの道具を入れるための箱である。

「歯抜き屋」は、専門の歯医者だけでなく、床屋の兼業でもあった。お金のない人々は、そうしたところで安く歯を抜いてもらっていた。

床屋の椅子 19世紀

床屋の客はこうした椅子に座り、散髪や髭剃りだけではなく、歯を抜くなど簡単な治療も受けていた。

ジェームズ・ウィルソン「鍛冶屋の歯抜き」1768年

さらに貧しく、床屋にもいけない人は、鍛冶屋で歯を抜いてもらっていた。麻酔もなかったこの時代、ハーブやアルコールなどで口の中を麻痺させるだけで歯を抜いていたので、その痛みや不快感も相当なものだった。

ピエール・フォシャール「歯科外科医、もしくは歯の概論」1728年

そんな原始的な治療法しかなかったこの時代に、革命を起こしたのがこの本である。

フランスの歯科医であったピエール・フォシャールが出版したこの本は、歯学において最初の包括的な知識を網羅した書籍であった。歯学の世界に大きな影響を与えたもので、多言語に翻訳されて、1900年代には日本語版も翻訳されている。彼は、これまでただの「歯抜き屋」だった自分の職業を「歯科医」とカテゴライズした最初の人物でもある。

入れ歯は他の人間の歯を使った

フランシスコ・デ・ゴヤ「A caza de dientes」1799年

ゴヤの版画シリーズ「気まぐれ」のうちの1枚。女が吊るされた男から歯を盗もうとしている場面。富裕層の入れ歯として使われるか、または魔術の材料として使われたという。19世紀にはいろうとしているこの時代には、それがまだまだ普通であったのだ。

トマス・ローランドソン「歯の移植」1790年

画面中央では、貧民の子供から健康な歯を抜いている。その歯を周りに座っている富裕層の客にそのまま移植するためである。「前歯1本の提供につき2ギニー(10ペンス程度)の報酬」という広告が新聞に載ったほど、ポピュラーな方法であった。

入れ歯 18世紀~19世紀

1~3が、動物(カバやセイウチ)の牙で作ったもので、4,5が人間の歯または磁器で作ったもの。上のゴヤの絵に描かれている、盗まれた歯はこうした入れ歯などに使われたのだろう。

動物の牙製のものは、3年に一度取り換えなければならなかったというから、本当に裕福な人々しか出来ない治療法だったに違いない。

人間の歯の需要はすさまじかったようで、戦場の5万人分の死体から24時間以内に歯が抜き取られたとか、解剖教室、病院、墓地の死体から歯が盗まれたりもしたらしい。

磁器の入れ歯が使われるようになったのは、記録にある限り1808年が最古だというが、技術は高くなく、不自然なものが多かったという。

王家のデンタル事情

「エリザベス1世」1620年

ドイツからの使者が1578年にエリザベス1世に謁見したときの、「女王の歯が黒かった。おそらくイギリスでは砂糖がよく使われているせいだろう」という報告が残っているという。当時、砂糖はぜいたく品で、富裕層しか口にできないものだった。

エリザベス1世は歯痛に大変苦しんでいたというが、どの肖像画でも、この絵のように口を固く閉じている。虫歯だらけの歯を見せようとせず、治療も嫌がったという(結局説得を受けて、最後には歯を抜いたらしいが)。

「ヴィクトリア女王と王女」1841年

ヴィクトリア女王は、今のイギリス君主エリザベス2世のひいひいおばあさんにあたる人物。

彼女は、ヨーロッパの君主で初めて肖像画で歯を見せた人物だという。

うっすら口を開いているのがわかる。当時の歴史学者によると、18世紀後半まで、歯を見せて笑うのは無礼なことだとされていた。多くの人は虫歯で歯が真っ黒だったし、隠すのがよしとされていた。しかしその後は徐々に、美しい歯を見せながらほほ笑むことが、富裕層の間で高額で良質な歯科治療を受けていることをアピールする手段となっていったのだった。

歯医者のポスター 20世紀初頭

Templar Malinsという歯医者が出した広告。「The smile of satisfaction(満たされた笑み)」を当院で治療した患者は皆浮かべている、というわけだ。この頃にはもう歯を見せて笑う姿がポジティブなアピールになっている時代だった。この歯医者は大変繁盛したという。

歯科治療の発展

アーネスト・ボード「歯医者における初めてのエーテル使用」1912年

やっと麻酔が登場した。ウィリアム・モートンという医師が、1846年にエーテルを麻酔として使用し、抜歯に成功したのである。これはその場面を後年絵画にしたもの。この患者はエバン・フロストという人物で「小さな痛みすら全く感じなかった」という。この麻酔成功は、世界の外科手術が大きな発展を遂げるきっかけとなった。

ファントム・ヘッド 1890年頃

これはまだ見習いの歯科医の練習台として使われた模型。オランダのユトレヒト大学で使用されていたもの。口に備え付けられているのは本物の人間の歯で、長年取りはずし、交換されて使われてきた。

アルミニウムの入れ歯 1940年代

19世紀後半には、磁器製の入れ歯も自然な色合いのものが生み出されるようになり、多く流通するようになった。20世紀には、磁器製、アクリル製、金属製などさまざまな素材の入れ歯が登場している。

これは日本軍の航空機から盗んだ金属で作られたという、アルミニウムの入れ歯。戦時中のイギリス人収監者のためのものだという。よくできているように見えるが、あまりに不自然な色なのはいいのだろうか。戦争中だから贅沢も言っていられないか…。人間の歯をそのまま入れ歯にしていた時代からするとかなりの進歩である。


この展示を見て思ったのは、「歯科治療の歴史で、人間の歯、めっちゃ使われてたんだな…」ということ。人間の歯の代替物ができたのはつい最近のことなのだ。

他のウェルカム・コレクションの展示レポはこちら。

実際のロンドンの歯医者の体験談はこちら。


ウェルカム・コレクション

住所:183 Euston Rd, Kings Cross, London NW1 2BE

入場無料