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ヤン・ファン・アイク×ラファエル前派@ロンドン・ナショナルギャラリー

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Reflections: Van Eyck and the Pre-Raphaelites」(~2018年4月2日まで)がロンドン・ナショナルギャラリーで始まった。

15世紀北ヨーロッパ、フランドル派の、最も重要な画家として美術史に刻まれるファン・アイクが、19世紀に興ったラファエル前派に与えた影響を見ていく展示だ。素晴らしい作品ばかりだったので、ここで詳しく紹介したい。

今回のテーマは、「鏡」だ。

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ヤン・ファン・アイク「アルノルフィーニ夫妻」

「アルノルフィーニ夫妻像」 1434年

ファン・アイクの作品でおそらく最も有名なこの作品は、イタリア人夫妻の肖像を描いたもの。この時代までの主流はテンペラであり、油彩をパネルに描いた作品としてはこれは最初期のものとなる。

他にも、当時の美術界にとって画期的な点がいくつもある。
ぱっと見てわかる、幾何学的な遠近法もその一つだ。鑑賞者の目線は奥の壁にかかる鏡に向かうだろう。

その鏡の上にあるサインは、画家自身のサイン。

「ヤン・ファン・アイクここにありき」

このように、こんなに目立つところに、絵の一部として画面の中に出てくる署名は異例である。

また、ファン・エイクの作品は、どこを見ても隙がない。人でも動物でも物でも、全ての質感が写実的に細密に描きこまれて、細部を負っていると目が痛くなるほどだ。
筆致はどんなに近寄ってもほとんど見つけられないだろう。

上の画像からわかる、金属製のシャンデリアの質感、

人間の柔らかな肌と滑らかな絹、装飾品の金属の質感、

犬の毛並み、革のブーツ、木製のサンダルの質感。
どこを切り取っても描き分けが完璧なのである。それこそ偏執的なまでに。

全てのモチーフが意味ありげに見えるのも、不思議な点のひとつだ。女性は何を見ている?犬は何の象徴?オレンジは何の意味がある?サンダルはなぜ脱げて転がっている?
多くの美術史家がさまざまな説を唱えてきた。

そして、今回のキーワードとなる鏡。

キリストの受難を表した絵が周りに施されている、この凸面鏡には、夫妻の後姿と、夫妻を訪ねてきた人物が映っている。

本来ならこの空間には登場しないはずの人物が、鏡によって画面上に参加させられている。鏡によってしかできないことだろう。

一説には、この訪問者の1人がファン・アイク本人ではないかとも言われており、夫婦の結婚の立会人としてこの場にいるのだという。その場合、鏡の上の署名も、結婚証明立会人のサインだとされている。

ヤン・ファン・アイク「男の肖像(自画像?)」1433年

自画像とも考えられているこの男の肖像。額縁上部には「Als ich kan(As I can)」というアイクのモットーが書かれている。意味としては色々考えられるが、「私にできる限り」というようなニュアンス…?

私、という意味のichが名前のEyck(アイク)にかけたダジャレにもなっているそうだが、発音が似ているのだろうか…?

この絵から400年後、ラファエル前派が誕生

ラファエル前派は、1848年のイギリスで、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、ウィリアム・ホルマン・ハント、ジョン・エヴァレット・ミレイの3人が結成した団体で、ルネサンスの巨匠ラファエロの前の時代、つまり中世の表現に立ち返ろう、という意味が込められている。

モチーフとしては、初期が宗教的なものや伝説、後に文学、同時代の日常的な物も取り入れるようになった。明るく鮮やかな色彩で描く細密描写が特徴だ。

結成より少し前、1842年に「アルノルフィーニ夫妻像」がロンドン・ナショナル・ギャラリーの所蔵となった。国立収蔵品としては唯一の初期フランドルの絵画であり、ラファエル前派の画家たちは大いにインスピレーションを受けた。

「まだ若い青年だったころ、『アルノルフィーニ夫妻像』の前に立った。深く豊かな色彩で、こんな美しい絵を私も描こうと決めたんだ…私にはなしえなかった。今では随分昔のことになってしまった…」

—バーン・ジョーンズ

これはラファエル前派の一人、バーン・ジョーンズの回想だが、この後再びこの絵の前に立ったことがあったという。その時には「やはり私にはできなかったものだ。この絵が世界で一番素晴らしいと思わざるをえない」というう言葉を残している。

ジョン・エヴァレット・ミレイ「マリアナ」1851年

シェイクスピアの戯曲「尺には尺を」の登場人物であるマリアナ。婚約者アンジェロに捨てられ、絶望しながら孤独な生活を送る女性だ。このように文学的な主題をラファエル前派は好んだ。

カラフルな部屋の中で静かに背中を伸ばすマリアナは、露出も何もしていないのに、魅惑的な色気がある。
特に目を惹くのはその顔だ。整っているだけでなく、伏せた流し目は、けだるそうな、そして陰鬱な気をまとわせる。煽情的であると同時に、寂しさも漂う絵だ。

後ろに見える一つだけ灯ったロウソクは、「アルノルフィーニ夫妻像」の1つだけロウソクが灯ったシャンデリアを思い起こさせる。

「鏡に映るもの」の表現に夢中になった画家たち

ウィリアム・ホルマン・ハント「良心の目覚め」1853年

「アルノルフィーニ夫妻像」の鏡は、一瞬でラファエル前派の画家たちを虜にしてしまうほどの力があった。

この作品では、後ろに大きな鏡があり、立ち上がる女性と、窓から見える自然を映し出している。

窓から見える風景を描きたければ、鏡ではなくただ窓を描いてもよかったはずだ。あえて鏡に映すようにしたのは、「鏡による反射によって、本来なら見えていない人やものを画面上に参加/導入させる」ことに魅力を感じたからだろう。

ウィリアム・モリス「La Belle Iseult」1858年

中世風のドレスを着た女性のモデルは、後にモリスの妻となるジェーン・バーデン。この絵には、「アルノルフィーニ夫妻像」にも描かれているモチーフが溢れている。

赤いベッド、棚の上のオレンジや、脱いで置かれた靴、(ベッドの上の)小型犬など。そしてここでも、作用は違うが鏡が登場している。女性は鏡の前で自分の姿を見ながら着替えている。

モリスはアイクのモットー、「Als ich kan(As I can)」を座右の銘にしていた。

シメオン・ソロモン「A Youth Relating Tales to Ladies」1870年

若い男性が女性たちに話をしている様子。少女たちは夢を見るように男性の話に夢中になっている。

左上には凸面鏡があるが、ぼんやりとしていて何が映っているかはっきりしない。ここでは、鏡はこの空間に調和した、夢見心地なムードを強調するために存在している。

シメオン・ソロモンについてはこちらの記事もどうぞ。→LGBTアーティストの展示は耽美の宝庫だった@テート・ブリテン

ウィリアム・ホルマン・ハント「Il Dolce Far Niente」 1866年

この作品のテーマは、「女性の美しさそのもの」だ。

モデルは上で紹介した「良心の目覚め」の女性と同じ、アン・ミラー。女性の髪、肌、輝くジュエリー、たっぷりとしたドレスの質感を画面いっぱいに、見事に描き分けている。

後ろの鏡には、火のついた暖炉が見え、女性が暖かな部屋の中でリラックスしてポーズをとっていることがわかる。

 

創造力を刺激した「シャロットの乙女」  

「アーサー王伝説」に出てくる、「シャロットの乙女」の物語も、画家たちが好んだ主題だった。

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス「シャロットの乙女」1888年

「外界を直接見ると死ぬ」呪いをかけられたシャロット姫は、鏡を通してしか、外の世界を見ることができない。織物をしながら孤独に過ごす日々。
ある日、姫はランスロット卿の歌声と鏡に映る凛々しい姿に思わず外をのぞいてしまい、呪いが予言通り襲いかかる…。

この作品では、後ろの鏡にランスロット卿の甲冑が見える。そう、これは彼女がまさに外界に目をやってしまった瞬間を捉えた絵なのだ。

鏡に入った大きなヒビは、掟を破ってしまった彼女の運命を告げている。
理想の男性を一目見たいと思ったばかりに、死ぬ運命をたどってしまうなど、こんな悲恋があるだろうか。

Sidney Meteyard「’I am half sick of shadows’ said the Lady of Shalott」1913年

織物をしながら、鏡で外の世界にいる新婚カップルを見るシャロット姫。タイトルの「I am half sick of shadows」とは、シャロット姫がこの2人を見て言った、「影のように生きるのはもうたくさんだわ」というセリフ。

ここでは、鏡は外の世界と自分をつなぐ唯一のものとして重要な役割を果たしている。鏡に魅了されたラファエル前派にとっては、この「シャロットの女」は格好のモチーフとなった。

Sidney Meteyardは、ラファエル前派のリバイバル運動を行った人物で、バーン・ジョーンズとアーツ・アンド・クラフツ運動の影響を大きく受けた。

その他、「アルノルフィーニ夫妻像」の影響

「アルノルフィーニ夫妻像」がインスピレーションを与えたのは、ラファエル前派だけではない。

ベラスケス「ラス・メニーナス」の鏡

この展示では、スペインの巨匠ベラスケスの大作「ラス・メニーナス」の鏡についても言及されていた。

ディエゴ・ベラスケス「ラス・メニーナス」1656年
※この作品は同展では展示されていない。

ラファエル前派が発足する200年前に描かれたこの作品も、ファン・アイクの鏡に影響を受けている。この作品では、フェリペ4世の宮殿の一室で、マルガリータ王女を囲むお付きの者たち、それをキャンバスに描くベラスケスが確認できる。

後ろの壁には、四角い鏡がかかっており、くっきりと2人の人物像が浮かび上がっている。フェリペ4世と王妃である。後景とはいえ、中央に人物の映った鏡を配置し、鑑賞者の視線を促す構図は「アルノルフィーニ夫妻像」と全く同じだ。

ジョン・フィリップ「『ラス・メニーナス』の部分模写」1862年
© Royal Academy of Arts, London

会場には、この「ラス・メニーナス」の部分模写が展示されていた。他の画家にも、ファン・アイクからの流れを汲む鏡の表現は印象的だったに違いない。

Mark Gertler「Still Life with Self-Portrait」1918年
Leeds Museums and Galleries (Temple Newsam)
© Leeds Museums and Galleries (Leeds Art Gallery) U.K. / Bridgeman Images

これは20世紀の静物画。凸面鏡には絵を描いている最中の画家本人が映し出され、手前のボトルにも、異なるアングルで部屋の内部が映っている。

壁には武士の浮世絵のようなものがかけられているが、まるで鏡に映った画家に切りかかっているように見える面白い構図である。
ここからは、「メメント・モリ(死を思え)」の思想も見て取れる。画家は鏡を使って初めて自分の姿を見、描くことができる。「自分」を映し出す鏡を前に、色々なことに思いを馳せたのだろう。


規模はそんなに大きくないが、数百年にわたって画家たちが追い求めた「鏡」というマジカルなモチーフを見ることができる、大変面白い展覧会。ロンドンに来た際にはぜひ立ち寄ってみてほしい。

ロンドン・ナショナルギャラリーReflections: Van Eyck and the Pre-Raphaelites

期間:2018年4月2日まで

チケット:平日10ポンド、土日12ポンド

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プロフィール

塚田沙羅

塚田沙羅

1988年生まれ、東京出身のフリーランスライター。

東京芸大で美術史を専攻。卒業後、美術系出版社で編集者として勤務。その後、フリーランスに。
2014年冬よりイギリス/ロンドン在住。2016年にドイツ人と国際結婚。

このブログはイギリス生活情報・美術・旅の三本柱で成り立っています。

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