年齢よりも1月1日から12月31日のスパンで人生を見たほうがいい

今回は人生を見るときの考え方について。

自分の人生を考えるときって、どうしても年齢にとらわれてしまいがちだ。

「◯◯歳に✕✕していないと」という呪縛

世の中には、「年齢をダシに人を煽る情報」が溢れている。
20歳を超えたら考えるべき進路、25歳までには就職していること、30歳までに結婚できなかったら、35歳までのキャリア転換、40歳からの学習…などなど。

自発的に決めた何かの区切りが年齢ならいい。ただ、普通に生きてるだけで、自然と社会から年齢でくくられてしまうものが多すぎる。

ちなみに私は、この記事を書いている時点では、29歳のフリーランスライターである。既婚、イギリス在住。フリーランスは来月の収入もわからない不安定な身で、今後キャリアを伸ばしたいともがいている最中だ。

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来年30歳になるわけだから、なにかを成し遂げていないといけないんじゃないかとか、もう社会人としては中堅の年に入るんだから、とか、きちんと戦略をたてないといけないんじゃないかとか、変な焦りだけが頭の中に渦巻いてごちゃごちゃになったりする。

ちなみに大したことは何も成し遂げられてない。有名になってるわけでもないし、成功者のカテゴリには入らないし、一般的に「すごい」と思われるようなことは20代で何もしていない、と気づく。

年齢で区切るのは他者との比較になってしまう

今までそうやって年齢で区切って考えても、いいことはなかった。どうしても他者との比較になるからだ。29歳の私は二人いるわけではないので、どうしても同じ年齢の他人と比較せざるを得ない。

同年代ですごい人は周りにいくらでもいるし、ただ厳しい現実に凹むだけに終わる。

周りに溢れる「◯◯歳なのに」「◯◯歳だから」は自分のことを考えているようでいて、他人ばかり見てしまう考え方なのだ。

だから、1月1日のことを思い出すようにした。今年の元旦、私何やってたっけ。その頃のメールとかちょっと引っ張り出してチラ見してみたり、カレンダーの予定を確認してみたりして。

一年で区切るのは過去の自分との比較

そうすると、次から次へと、今年、今までにあった出来事を思い出す。こんな人と会ったな、新しいプロジェクトに関わったな、あの仕事ぶりを褒めてもらったな、あんな団体にもいたなー、やめちゃったけど。なんて。

意外と自分、動いてるじゃん。なにかしてるじゃん。ということに気づく。

1月1日から見ると、ゆっくりと、歩みは遅いが確実に知識や経験を積み重ねてきたことに気づく。それは大きな成功ではないし、時には失敗と思えるようなこともあったけれど、そこから学べた教訓や知識もあった。

大丈夫だ。一歩一歩だけど、私は進歩している。「何もできなかった」なんてことはなかったのだと。

自分の進歩を見たいときは過去の自分と比べるべきだ

私にとっては、年齢という概念にまつわる抽象的な願望や目標より、この1年で何をしたかを具体的に掘り下げたほうが、自分の進歩をよく見ることができた。

生きているだけで学ぶことはあるし、人は前に進んでいる。
今年1年は厄年だった、最悪だった、死にたかった、という人も、それを乗り越えて今生きていることだけでもすごいことだ。生を諦めなかった。それだけでもう生き物としての「成し遂げ」は十分である。

だから、「もう◯◯歳なのに何もできてないよ…」と思ってしまった時は、1月1日を思い出してほしい。それか1年前の日付でもいい。絶対になにか変わっているはずだから。

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