美とは生と死そのものである

2017年12月17日

今まで美術に関わってきたり作品を見てきて、自分の中で固まってきた考え方がある。

「美とは何か?」と問われた時に、突き詰めれば「生と死そのもの」と今の自分なら答える。

愛と悲しみ、エロスとタナトス、呼び方は何だっていいけれど、生を感じさせるもの、死を感じさせるものは美しい。

生と死は表裏一体で、本当は区別する必要もないんだけど。死は生を引き立てるためにあるのだと思う。


生のエネルギーに分類されるもの:光、愛、激情、感情、生々しさ、肉体、生き物、呼吸、エロス、自然、などなど。

生を引き立てるもの(死のエネルギー):闇、骨、死体、虚無感、苦悩、衰退、廃墟などなど。


こうした要素があるものを、私は美しいと感じるのだと気づいた。


例えば、私がロンドン・ナショナル・ギャラリーで一番好きな作品、ブロンツィーノの「愛の寓意」。

この作品は生々しさと妖艶さに満ちている。寓意画という計算されたモチーフと構図の冷静さを凌駕するほどの、生のエネルギーに、私は強烈に惹かれた。エロスという生の要素が感性を直撃したからだ。

私の好きな伊藤若冲もそう。彼の作品には、動物という生のモチーフだけでなく、彼の目が、制作に対する執着が、生のエネルギーがこもっている。

 

生き物はただそのままで美しい。人間もだ。彼らや私たちは今を懸命に生きているし、その後に皆かならず死んでいく。これほど儚くて美しいことがあるだろうか。だから私は生き物の体や標本が見られる場所も大好きだ。

ずっとずっと、「自分にとって美とは何だろうか?」と考えてきて、ストン、と現在腑に落ちた答えがこれだった。これからこの考えも変わっていくかもしれない。いやおそらく変わるだろう。人間は変わっていくものだし。

私はこれからもずっと、美しいものが満ちたこの世界で美しいものを見て生きていきたい。