ウォレス・コレクション珠玉の絵画9選!見どころと解説

2017年11月10日アート解説・展示レポ, ウォレスコレクション, 西洋美術

ロンドンにある、貴族の館を美術館にしたウォレス・コレクションでは、西洋美術の傑作を多数見ることができる。

豪華絢爛なインテリアや家具、工芸品、甲冑などはこちらの記事で紹介したので、ここでは常設で見られる素晴らしい絵画作品を、私の独断でセレクトし、紹介していきたい。フランス絵画が多い。

ウォレス・コレクションの珠玉の絵画9選

フランソワ・ブーシェ「The Rape of Europa」1732~35年

同じくウォレス・コレクションで見られるブーシェの有名作「ぶらんこ」は以前の記事で紹介したが、こちらはそれよりさらに大判の作品。「エウロペの拉致」というタイトルだが、これは古代ローマの詩人オウィディウスの著作「変身物語」をテーマにしたもの。

中央の牛はジュピターが化けたもの。ジュピター(ユピテル)はローマ神話の主神だが、ときにギリシャ神話のゼウスとも同一視される。ギリシャ神話のお姫様、エウロペはその背に乗っている。ジュピターはエウロペに一目ぼれし、牛に化けてエウロペが油断したところをクレタ島に連れ去ってしまうのだ。

一見、美しい少女たちと穏やかな牛が、花を摘みながら戯れている楽園のような作品にしか見えない。ブーシェはこの話が持つ残酷さをあまり出さずに、綺麗な側面を中心に描いている。だが背景には身勝手なジュピターの陰謀が隠されている。

エウロペに迫る黒い雲、矢を持った天使(愛の矢を持つクピドだろうか)、鷲のような黒い大鳥が不穏な空気を醸し出している。鷲はゼウス(ジュピター)の使いや、ゼウスが変身した姿とも言われている。

前述した「ぶらんこ」が実は浮気現場を描いているというのもそうだが、ブーシェはその優雅な作風とテーマの黒さのギャップが面白い。

ドメニコ・ベッカフーミ「ホロフェルネスの首を持つユディト」1510年

ユディトは旧約聖書外典に出てくる伝説の女性で、サロメと並ぶ、「男を誘惑する美女」ファム・ファタールである。

軍人ホロフェルネスが、アッシリア王の命により、人々を降伏させようとユディトのいる町にやってくる。
そこでユディトは、自ら着飾りホロフォルネスを誘惑しに出向く。ホロフェルネスは町までの道案内を申し出た美しいユディトを気に入り、瞬時に軍の中に迎えた。

4日目の宴会で、ユディトはホロフェルネスと2人きりになる。そして泥酔して眠る彼の首を剣で切り落とすのだ。

このユディトのイメージは西洋絵画で繰り返し描かれたモチーフだが、「善は悪に勝つ」の象徴となっていった。「女が男の首を切り落とす」というモチーフはサロメの物語と類似する。

ここでは、たくましい体を持った屈強な女性であるユディトが描かれている。この作品はシリーズ3作品のうちの1つで、あとの2つはクレオパトラとソフォニスバである。
ソフォニスバは、古代ローマ時代にローマに侵攻されたカルタゴにいた女性で、結婚相手の恋敵に惚れられたあげく色々あって(ややこしいので省略)、ローマの捕虜となってしまい最後には捕虜の恥辱を受けるくらいならと自殺した勇ましい女性だ。

フィリップ・ド・シャンパーニュ「受胎告知」1648年

シャンパーニュの傑作のひとつであるこの作品は、聖母マリアが神の子イエスを身ごもったことを大天使ガブリエルが告げる「受胎告知」の場面を表したものだ。

この作品の見どころは何と言っても鮮やかな色遣いだ。まるで昨日描かれたばかりのような、目の覚めるような鮮烈さ、それでいて整った色調を持つ。シルクのような衣服の表現と、それに包まれる柔和な顔のマリアは、とても平和な雰囲気を持っている。

上空に舞う天使の、まるで本物の赤ちゃんのような肌の質感と肉付きは見事である。初期はルーベンスの作風に影響を受けていたそうだが、このぷくぷく感はちょっとルーベンスに似ているかもしれない。

参考↓


ルーベンス『ヴァリチェッラの聖母』(1608年) 

でも私はシャンパーニュの方が爽やかで好きだ。ルーベンスは「肉」感がちょっとくどい。

フランソワ・ルモワーヌ「Time Saving Truth from Falsehood and Envy」1737年

タイトルは「真実を嫉妬と欺瞞から救う時間」という意味。女性を抱える男性が時間、女性が真実、倒されている男が嫉妬と欺瞞の擬人化である。実は時間は真実の父親である。西洋画には、こういう抽象的概念を擬人化したモチーフが多く登場する。

ルモワーヌは上で取り上げたブーシェを発掘した画家。ブーシェは20歳でルモワーヌの弟子となったが、数ヵ月でやめてしまったらしい。

画面左側に、線が一本すっと縦に入っているのが見えるだろうか? 実はこの作品は4辺とも後からキャンバスを拡張している。拡張前は中心のモチーフが強調されて、よりドラマティックに見えていたに違いない。

この作品を制作していた時、ルモワーヌは酷いうつに苦しんでおり、完成した翌日に自分を7回も刺して死んでしまった。この作品が遺作である。
絵では欺瞞や嫉妬から真実を救うことができても、現実は思うようにはならなかった。そのギャップを背負いながら、どんな気持ちでこの作品を描き上げたのだろう。

死ぬ寸前だということを考えたら、女性の優美さや、背景の自然風景など、むしろ穏やかな雰囲気にすら見える。

カミーユ・ロックプラン「The Lion in Love」1836年

タイトル「恋に落ちたライオン」のとおり、羊飼いの美しさにメロメロになってしまったライオン。フランスの詩人ジャン・ド・ラ・フォンテーヌの「寓話(イソップ物語を基にした詩集)」からとられた題材だ。

イソップ物語の起源はとても古かった

そんな古くからイソップ物語ってあるんだ、と思って調べたら、なんと物語を作ったイソップ(アイソーポス)さんは紀元前の古代ギリシャの人物らしい…。ヘロドトスが「紀元前6世紀に奴隷のアイソーポスが寓話で名声を博した」と記述している。

ただイソップという人物の存在については歴史的確証がなく、寓話の語り部や寓話そのものの総称が「イソップ」と呼ばれていたらしい。今のイソップ物語にはギリシャだけではなく古代メソポタミアの話などいろいろ混ざっているとか。いずれにせよ紀元前くらいからイソップ物語の歴史があるのは確かと言えよう。すごい。

さて、話が脱線したが、このライオン、羊飼いにメロメロになり、羊飼いの父親の「娘を傷つけないように爪と牙を切らせてくれ」という要望を吞んでしまう。この作品は娘がライオンの爪を切っている場面だ。

そしていざ丸腰になった途端、猟犬たちに襲われてしまったのだ。後ろに見える、武器を持った農民たちが、ライオンの行く末を示唆している。

この羊飼いの娘は、ライオン相手のファム・ファタールと言っていい。この絵では女神のように美しく描かれている。その裏に罠があることはおくびにも出さずに。

アリ・シェフェール「フランチェスカ・ダ・リミニ」1835年

3つのバージョンの中で、1つ目に制作された作品。あとの2つはハンブルク美術館とルーブル美術館にある。

フランチェスカ・ダ・リミニとは、ダンテ・アリギエーリの「神曲」地獄篇に登場する人物で、ラヴェンナ領主グイド・ダ・ポレンタの娘。父は娘をリミニ領主と結婚させようとしたが、フランチェスカは領主の弟パオロと恋に落ちてしまう。

密会したときにパオロは彼女を引き寄せ、その直後に物陰からそれを見ていた兄の領主に2人は殺されてしまう。

この絵の中心に抱き合っているのはもちろんパオロとフランチェスカ。2人は絡まりながら、体をよじり終わりのない地獄へ落ちていく。ダークな雰囲気と、色気はあるのにさっぱりした不思議な雰囲気が合わさっている。

右側でそれを見ているのは、ダンテと、ダンテに大きな影響を与えた古代ローマの詩人ウェルギリウスだという。ダンテは自分の詩の根源がウェルギリウスであることから、ウェルギリウスを「師」と崇めていたほどだった。

エドウィン・ランドシーア「Doubtful Crumbs」1858~59年

動物画で有名な画家の、微笑ましい作品。子犬は骨に近づきたいが、大きな犬が側にいるので困っている…という構図。

もふもふの毛の表現が、抱き着きたくなってしまうリアルさである。犬の鼻のツヤツヤと濡れた質感も、実際の手触りまで思い出してしまう(私は小さい時から犬を家で飼っている)。

この作品は、ちょうど顔の高さ位のところにかけられているので、相当近づいて見られるのだが、どんなに近づいても、「絵」よりも「犬の毛」なのだ。

だいたい、油絵作品は近づけば近づくほど、視界の中でモチーフが分解されて絵具と筆の跡だけになっていくが、この作品はどこまでいっても「犬の毛」だ。どうやったらこんなに精巧に描けるのだろうかと思う。

エルネスト・メッソニエ「Polichinelle」1860年

タイトルの「Polichinelle(ポリシネル)」はフランス語で伝統的な道化人形の名前。

ひょうきんな衣装とスマイルが、妙に印象に残る作品。誰をモデルにしたのだろうか、実際の道化役の人間をモデルに描いたのか、当時そういう職業の人はどういう生活を送っていたのだろうかとか、色々想像してしまう。

この作品は、当時社交界の華であったサロン主催者、アポロ二―・サバティエという女性の家の扉に描かれたもの。この道化はフランス語でsabotsと呼ばれる木の靴を履いているが、これはサバティエ(Sabatier)の名前とかけているのだという。

サバティエは、ウォレス・コレクションを創設した第四代ハートフォード侯爵の息子、リチャード・ウォレスの愛人であった。そうしたつながりで、今この作品が私たちの目に触れているのだ。

ジャン=バティスト・グルーズ「Innocence」1794年以前

ウォレス・コレクションには多数の少年少女の肖像画が飾られている部屋があるのだが、そこにある作品の一つ。この子がその中で一番美人だ。

抱えている子羊は、西洋では伝統的に「純潔」を表し、またイエス(神の子羊)の象徴でもある。その他、子羊は優美さ、忍耐、謙虚さのシンボルでもある。

とても静かな絵だ。この少女は神話に出てくる人物のような装いで描かれている。全てを見透かすかのような眼差しを持ち、少年にも少女にも見える中世的な顔立ちは、子供だけれども大人びた雰囲気もまとっている。
もしかしたらこの少女をキリストと同一視して描いたのではないかとすら思える。


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