モノクローム絵画の歴史を探る「monochrome」@ロンドン・ナショナルギャラリー

2017年11月24日アート解説・展示レポ, ロンドン・ナショナル・ギャラリー, 西洋美術

ロンドン・ナショナル・ギャラリーで開催が始まった特別展「monochrome」(~2018年2月18日まで)に行ってきた。

カラフルな作品が主流である美術の歴史に対して、白黒、つまり「モノクローム」の傑作を集め、その意味と歴史を見る展示だ。モノクローム絵画は「水墨画」の文化がある東アジアの十八番だが、ヨーロッパにもあったのだ。

今回は同展の見どころと作品を紹介していきたい。

モノクローム作品の歴史は14世紀から

ステンドグラス パリ 1320~24年頃
© Victoria and Albert Museum, London

最初にモノクローム作品が登場したのは、宗教的な場=教会であった。

外界、つまり現実世界のビビッドで色鮮やかな世界と対照的に、モノクロームは死、殉教や悼み、受難を表すものとなり、俗世を離れた宗教的空間を形成する要素となっていった。

彩色写本「聖カタリナの生涯」1475年
© Bibliothèque nationale de France

この写本では、青の背景に対し人物や周りの事物をモノクロームで描き、モチーフ(聖カタリナ)を強調している。色ではなくモノクロームで目立たせる、それまでとは逆をいく発想である。

「Agony in the Garden(ゲツセマネの祈り)」1538年
©Courtesy of the Ministero dei beni e delle attività culturali e del turismo, Soprintendenza Archeologia, Belle Arti e Paesaggio per la città metropolitana di Genova e le province di Imperia, La Spezia e Savona

インディゴという青い染料を使ったタペストリー。つまり布である。タイトルの「ゲツセマネの祈り」とは、キリストが十字架刑の前夜にゲツセマネの園で神に祈りをささげたエピソードのことだ。イエスは伴った弟子に起きているように言うのだが、弟子は皆悲しみのあまり(?)寝てしまう。

一番上に、両腕を挙げて天使に対面するキリストの姿があり、その周りに眠っている聖人たちがいるのがわかるだろう。左下の首を吊っている男は、キリストを銀貨30枚で売ったが、それを悔いて自殺したユダだ。

この作品が作られた15~16世紀のヨーロッパでは、レント(四旬節)の時期に、白地の布にキリストの受難のモチーフを描くのが流行したという。

光と影の表現

15世紀から、画家たちは彩色作品の習作としてモノクローム絵画を制作し始めた。つまり下描きであって、それだけで独立した絵画作品としての地位を確立していたわけではなかった。

ドメニコ・ギルランダイオ又はアンドレア・デル・ヴェロッキオの工房「ドレープ習作(possibly study for Saint Matthew and an Angel)」1477年頃
© Kupferstichkabinett. Staatliche Museen zu Berlin / Photo: Jörg P. Anders

ドメニコ・ギルランダイオは、レオナルド・ダ・ヴィンチとともにアンドレア・デル・ヴェロッキオに師事していた画家だ。ここでは人物の衣服のドレープ(ひだ)の練習のため、衣類とその下の人体のみを細部まで描きこんでいる。

アルブレヒト・デューラー「ドレープ習作(A Woman in Netherlandish Dress seen from behind)」1521年
© Albertina, Vienna

デューラーの習作。ネーデルランド風のローブを被った女性を後ろから捉えた図だ。光と影をはっきり描きわけている。左半分の光があたる明るい部分を、黒地に強い筆跡の白線で表しているのが特徴だ。

3次元的なドレープはどっしりとした布の厚み、重み、強い布の感触までが伝わってくる。

ヤン・ファン・アイク「聖バーバラ」1437年
© www.lukasweb.be-Art in Flanders vzw, photo Hugo Maertens

こちらは上記2点の習作よりも古い、絵画では最初期のモノクローム作品。未完か完成したものなのか議論がある。背景の建造物を見ても、相当描きこまれているのがわかる。

何かの習作なのか、はたまた、もしかしたら一つの作品として成立するモノクローム絵画の可能性もある。

16世紀になると、画家たちはモノクロームに新しい意味を取り入れ始める。これまで重視してきた実用性に加え、より自身の考えや表現を追求するためにモノクロームという要素を利用した。

ヘンドリック・ホルツィウス「ケレスとバッカスがいないとヴィーナスは凍えてしまう」1599年
© The Trustees of The British Museum

この絵は習作ではなく、これで完成形である。つまり一つの作品として地位を得たモノクローム絵画なのだ。
ケレスは豊穣の女神(左)、バッカスは酒の神(右)だ。中央の女神がヴィーナスである。

滑らかな筆致で「美」を体現したかのような神たちが描かれているのは、画家がモノクロームという表現に特別なものを見出したからなのかもしれない。彩色画では出せない艶やかさや黙した雰囲気や、ともすれば時が止まった(=凍えてしまった)ようにも見える。

ウジェーヌ・カリエール「Maternity (Suffering)」1896~7年頃
© Amgueddfa Genedlaethol Cymru – National Museum of Wales

19世紀とだいぶ最近の作品。タイトルに「母性(苦しみ)」とある通り、何かに悲しんでいる、または苦しんでいる母親の肖像画である。子供を抱いているが、もしかしたら子供が死んでしまったのかもしれないし、病気なのかもしれないし、他の事情があるのかもしれない。状況は明示されていない。

だがこんなにも画面が陰鬱としているのは、この色調の効果が大きいだろう。画家はモノクロームという手法を使って、写実性よりも感情表現を作品に込めた。

アングル「オダリスク」のモノクロームバージョン

新古典主義の巨匠、ドミニク・アングルの「オダリスク」は、実はモノクロームバージョンがある。この展示では、それを見ることができた。

ドミニク・アングルと工房「Odalisque in Grisaille」1824~34年
© The Metropolitan Museum of Art

よく知られているカラーバージョンの「オダリスク」はこちら。これはパリのルーブル美術館で見ることができる。

今回見たモノクロームの方では、カラーバージョンにあった「エキゾチックな要素」がすべて省かれている。孔雀の羽の扇子や、オリエンタルな柄のターバン、アクセサリー、カーテンの模様、右端のパイプなどだ。

モノクロームの色調が女性の白い体をより際立たせ、鑑賞者の視線を引き寄せる。装飾性を排除し、女性のエロティシズムをより強調した作品となっているのだ。

「彫刻を描く」ためのモノクローム絵画

アントニオ・デステ 「十字架降下」1800年以降
© The Art Institute of Chicago / Art Resource, NY/ Scala, Florence

アントニオ・カノーバの彫刻作品をもとに作られたレリーフ。イエスが十字架から降ろされた場面だ。天使や聖母マリアがイエスの元に来て嘆き悲しんでいる。

ベルバルディーノ・ノッチ「十字架降下」1800年
© The Art Institute of Chicago / Art Resource / Scala, Florence

こちらもカノーバの作品をもとにして作った油彩絵画。上のレリーフと比べるとすぐに絵だとわかるが、単体で見るとまるでだまし絵のようだ。丸彫りに近い人物像から、かなり浅彫りの十字架など、浮彫の厚みをしっかりと描き分けている。

遠くにいる人物像や上空の天使の彫りを浅く描くことで、遠近感を出している。こうしたモノクロームを用いて彫刻作品を描いた絵画は数多くある。画家にとって3次元のものをあえて2次元で描くことは、技術的な挑戦であり、また異なる表現を模索する楽しい試みでもあった。

Marten Jozef Geeraerts「Children’s Game(子供たちの遊び)」おそらく1740~90年
© RMN-Grand Palais / René-Gabriel Ojéda

これも彫刻作品がもとになっている。画像で見たら浮彫作品にしか見えないが、絵画作品である。

自分が3次元と2次元の作品どっちを目の前にしているのか、鑑賞者が一瞬わからなくなるような、ある意味錯視的な効果さえ持っている。実物を相当観察したに違いない。

ヤン・ファン・アイク「受胎告知 祭壇画 (大天使ガブリエルと聖母マリア)」 1433~35年
© Museo Thyssen-Bornemisza. Madrid

ファン・アイクの祭壇画。黒い石に見立てた背景に、鏡のように像の後姿が映っており、手が込んでいる。徹底的な写実性で3次元のものを描こうとするとこうなるといういい見本だ。

とはいえ、絵画では3次元的な構造や重心を意識する必要がないので、鳩を浮かせて飛ばせたりすることもできる(マリアの上部)。見た目は彫刻作品だが、画面の中では制約のない、より広い表現が可能になっている。

モノクローム版画と絵画

ジャン・シメオン・シャルダン「Back from the Market (市場からの帰宅)」1739年
© RMN-Grand Palais (musée du Louvre) / René-Gabriel Ojéda

この油彩作品を基として、他の画家が描いた2つのバージョンがある。一連で見ると、芸術家たちの遊び心が見えてきて面白い。

ベルナルド・レピシェ版 1742年 版画(エングレービング)
© Fitzwilliam Museum, Cambridge

こちらは元の絵の構図を反転し、版画作品にしたものである。グレーのトーンを使いわけ、細部までしっかりと再現されている。

エティエン・ムーランヌフ版 油彩 1770年油彩
© Museum Associates / LACMA

この作品はモノクロームの油彩画で、上の版画をさらに踏襲し、発展させている。版画をガラス張りのケースにいれて飾っていたら、ガラスが割れてしまったというようなストーリーが生まれている。

画家たちは、モノクロームが生み出すだまし絵的な効果に魅了されていたのだろう。

ヘンドリック・ホルツィウス「The Great Hercules」1589年
© Museum Boijmans Van Beuningen, Rotterdam. Photographer: Studio Buitenhof, The Hague

こちらは同じ画家の版画(エングレービング)作品。タイトルの通り、ギリシャ神話の英雄ヘラクレスを描いたものだが、もりもりの筋肉の表現が不気味で目に留まった。ここまでくるとちょっと、何かの疾患のようにも見えてしまう…。

画家は筋肉の盛り上がり、明暗を描き分けるのが楽しくて、ここまででこぼこの体にしてしまったのだろうか、なんて妄想してしまった。

現代美術のモノクローム

ゲルハルド・リヒター「ヘルガ・マトゥーラとフィアンセ」1966年
© Gerhard Richter 2017 (0182). Photo: Museum Kunstpalast – ARTOTHEK

写真だと思っていたら、油彩画だったという驚きの作品。フォーカスのぼけた表現など、写真の性質をうまく描き出している。

写真が世の中に登場したのは18世紀。写真に触れたときに「絵画は死んだ」と画家ポール・ドラローシュが嘆いた。ドミニク・アングルは写真廃止のデモを行った。その時代から150年ほどたって作られた、写真を模倣して鑑賞者を驚かすこの作品を見て、「してやったり」と絵画のリベンジのようなものを感じた。

Célestin Joseph Blanc「Head of a Girl(少女の頭部)」1867年
© Victoria and Albert Museum

こちらも肖像写真風に描かれた油彩画。印刷した紙の調子までよく表されている。本物のモデルを見て描いた肖像画と、写真を見て描いた肖像画では、写実的という面では同じだが、何かが違う。

その「何か」を言葉で言い表すことは難しい。この写真のような「ナマ」感はどうやって出しているのだろうか。

 オラファー・エリアソン「Room for one colour(単色の部屋)」1997年
© Olafur Eliasson. Photo: Anders Sune Berg

これは最後に展示されていた作品。一部屋を使ったインスタレーションで、モノクロームの作品群から一転して、明るい黄色の光に満ちた空間だった。入った瞬間から視界は全部、黄色のサングラスをかけているような感じになった。

延々とモノクローム作品を見続けて、最後にこんな強烈な「色」を見せる構成はニクい。白と黒とグレーに慣れた目は、色に敏感になっている。

瞬きをすると、黄色の補色である青紫が見える、なんとも不思議な異空間であった。こんなに色に包まれた空間に入ったのは初めてで、単色のフィルターがかかっただけで、世界は普段自分が見ているものと全く違ってしまうのだと知った。


ロンドン・ナショナルギャラリー「monochrome

期間:2018年2月18日まで

チケット:大人12ポンド~