奇品・珍品だらけ!ロンドン、ウェルカム・コレクション常設展見どころ解説

ウェルカム・コレクション
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ロンドンにある、科学や医療に特化した入場無料の博物館、「ウェルカム・コレクション」。その常設展「Medicine Man」は、生物・医学に関する古今東西の興味深い文化的遺物や、ものによっては奇怪、やや不気味とも思えるコレクションが見られる、私のお気に入りの博物館だ。

今回は、この展示の中でも特に面白い展示物を取り上げ、見どころを紹介したい。

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サー・ヘンリー・ウェルカムのコレクション

ウェルカム・コレクションというと、すごく暖かく出迎えてくれそうな名前だが、これはこのコレクション創設者のサー・ヘンリー・ウェルカムに由来する。スペルは「welcome(ようこそ)」ではなくて、「Wellcome」である。Lが1つ多い。

ヘンリー・ウェルカム(1852~1936年)

アメリカ出身のビジネスマンであったウェルカムは、イギリスで製薬会社Burroughs Wellcome & Companyを立ち上げ、長者となった。この会社は今ではグラクソ・スミスクライン社と名を変え、日本法人もある。

彼は芸術と科学に多大な関心を寄せており、古今東西の物を収集した。そのコレクションを含め、彼の財産を管理する機関として死後に創設されたのが「ウェルカム・トラスト」で、この博物館の運営元である。

この常設展では、彼のコレクションから厳選された品物を展示している。入口を入ると最初に目に飛び込んでくるこの瓶やフラスコの数々は、科学・医療研究で使用されたものである。彼が5000個以上ものガラス製品を集めていた。

ドラゴン・チェア 中国 1700〜1900

刃物のついた攻撃的な外観のこの椅子は、拷問用に見える。だが実は、どうやらシャーマンがチャネリングのパフォーマンスに使っていたらしい。刃物の上に座ることで、超人的な力があることを証明していたという(トリック無しで座れていたのだろうか……?)。

世界各地の仮面

ウェルカムは、人類学と健康の関係性に大きな興味を抱いており、それに関連する品々を大量に収集していた。その割合はコレクションの半数にも及び、中にはこんな仮面もあったのだった。

仮面 16~18世紀 おそらくドイツ

絶対日本の天狗だろう、と思って解説を読んだらドイツの仮面であった。こんなにそっくりなものが全然違う地域で作られるのか……。

公衆の面前で拷問を受ける者に着けさせ、何も見えない中拷問を受けるという恐怖を与えると共に、拷問者が顔を判別できなくする目的もあった。

仮面 1936年 アラスカ

ユーモラスと不気味さを兼ね備えた仮面。もののけ姫のコダマに似ている。実際、これはアラスカのシャーマンによって着用された「精霊の仮面」だったらしい。狩りの成功と健康を願う儀式に使われた。

仮面 1850~1920年 ブータン

この仮面は、ブータンの伝統儀式やツェチュという宗教行事で僧や村の長老が着用したもの。ヒンドゥー教の猿の神、ハヌマーンを思い起こさせる。

仮面 1550~1800年 ベルギー

「Scolds Bridle」という、女性の拷問用の仮面。隣人と口論や喧嘩をしたり、神を冒涜する言葉を吐いたり、嘘をつく女性に向けて行われた拷問で、口の部分の内側に針がついており、話そうとすると激痛を伴うものだったという。この仮面は針がとれてしまっている。

医療器具コレクション

昔の医療器具のコレクションの大量に展示されている。なんだか武器のような刃物がいっぱいである……。包丁みたいなものも。

怪奇な絵画コレクション

また、ウェルカムは多数の絵画も集めており、そのほとんどが、医学や生物、科学に関するものであった。

ジャック・ファビアン・ゴーティエ ・ダゴティ 「A dessected pregnant female」 1764~1765年 フランス ©Wellcome Collection

妊娠した女性の解剖図を等身大で描いた作品。作者は画家であり、また解剖学者でもあった。12枚あるシリーズの1つであるという。胎児の頭にへその緒が絡んでいる様子がなんともリアルだ。

また、女性の足元にばらばらと転がる、解剖模型のパーツが不気味。

「A grotesque accouchement」17世紀 イタリア ©Wellcome Collection

「グロテスクな分娩」というタイトルのこの作品は、せむしの男と産婆の助けを借りて、ドワーフのような人型の妖怪? が卵で子どもを出産しているというおとぎ話のような場面を描いている。作者ははっきりしていないが、おそらくイタリアの画家ピエトロ・デラ・ヴェッキアではないかとされている。

レオナルド・ダ・ヴィンチの1515~1520年の作品「レダと白鳥」(↓)という作品のパロディではないかともされている。

子どもたちが卵の殻を破って出てくる描写はとてもよく似ている。このレオナルドの作品、現物は失われてしまっていて、現存するこの絵画は別の画家による模写である。

「レダと白鳥」は、レダという女性に恋したゼウス神が白鳥に姿を変え、レダを誘惑し交わったというギリシャ神話のエピソードだ。中世~近世のヨーロッパでは、「男女よりも女性と白鳥の性的な場面の方がまし」という今とは逆の価値観が広がっており、この題材は人気となった。

しかし、この「グロテスクな分娩」は、実際に白鳥と交わった女が出産するシーンはこんな奇怪なものだ、という皮肉にも見える。題材としてかなり面白いものであることは間違いない。

ヒエロニムス・ボス「快楽の園」の模写 16世紀 ©Wellcome Collection

ヒエロニムス・ボスの三連祭壇画「快楽の園」の16世紀の模写。オリジナルはスペインのプラド美術館にある。本物よりは小さいが、見ごたえは十分だ。

オリジナル(↑)では、左がアダムとイブがいる地上の楽園、中央が現世の快楽、右がさまざまな地獄を表している。ウェルカム・コレクションの模写はこの中央部分のみだ。

さまざまな教訓やシンボルを表す人々や生き物(架空の生き物もいる)が無尽に描かれているが、具体的に何をさしているのかわかっていないモチーフも多い。他に似たような例も見当たらない、奇想の祭壇画なのである。

この接写図では、右側に女性のお尻に植物を挿している男性がいる。その後ろには、生の巨大な魚を持ちながら「やあこんにちは」している人がいる。意味不明だが、これらも快楽のうちだろうか。

ちなみに、一番右端に見えるように、この絵には黒人も数人描かれており、横顔のラインや縮れた髪の毛など、しっかり黒人の特徴が表されているのが見て取れる。

おそらくピーテル・デ・グレベル 「Herodias Mutilating the Severed Head of Saint John the Baptist Held」17世紀©Wellcome Collection

古来より伝わる伝説「サロメ」の一シーンである。1世紀ごろの古代パレスチナにヘロデ王という王がいた。この地域は、イエス・キリストが生まれた地でもあった。できるだけ簡単に物語を説明しよう。

ヘロデ王の妻をヘロディア、娘の名前をサロメという。

イエスを洗礼した洗礼者ヨハネが、王の元にやってきて、ヘロデが自分の兄弟の元妻(ヘロディアス)と結婚したことを批判する。王はそれに怒り、ヨハネを牢屋に閉じ込める。

場面変わって、王が自分の誕生日パーティーにサロメを呼び、舞を踊れと命じる。サロメは拒否したが、王は頑なに命じた。サロメは「では、もし踊ったら何でも好きなものをくださいませ」と要求し、王はそれを了承した。舞の後、サロメは母のヘロディアスの要望を聞き、「では、ヨハネの首をください」と言う。王は困ったが、約束なので仕方がないとヨハネの首を切ることにしたのである。

この絵画では、赤い服を着てヨハネの頭を持つのがサロメ、ヨハネの舌をつまんで針を刺そうとしているのが母のヘロディアスである。なんとも生々しくおぞましいシーンだが、この舌に針を刺すという場面は、聖ヒエロニムスの本「Apology Against Rufinus」の中で「遅すぎる隠ぺい」の例として出てくるエピソードである。死後に舌に針を打って喋れなくしても、時すでに遅しというわけだ。

ヘロディアスが全然女王に見えず一般庶民の老婆のように表されているのも、なんだか面白い。

この伝説が、イギリスの作家オスカー・ワイルドによって残虐で耽美な非恋の話に作り上げられたことは有名だ。詳しくはこちら。

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私はこちらの方が、ドラマチックで好きなのだが。

痛みを乗り越えて手に入れるもの

Nkisi像 1880~1920年 コンゴ

Nkisiとは、コンゴで信じられている、いわゆる精霊的な力の入れ物であるらしい。その力は守り、癒し、破壊の力を持つものだという。全身串刺しになっているのは、まじないの一環である。儀式を主導する人物が、お腹の空洞(四角い部分)に強力な薬を入れ、胴体に釘を刺す。釘は悪魔を滅ぼすのだという。

藁人形ではないけれど、人型のものに尖った物を刺す行為は、すごく魔術的に見える。

ファキルのサンダル 1871~1920年 インド

これまた棘だらけの靴である。ファキルと呼ばれるインドのヒンドゥー教苦行僧のサンダルで、裸足で履くもの。これをなんなく履けるようになるためには、数多くの修行と瞑想をこなさなければならないという。

纏足用の靴 1870~1910年 中国

足を小さくする(纏足)ために使われた靴。纏足は中国で10世紀に始まり、1000年ほど続いた女性の風習である。足が小さいほど女性的で美しく、セクシーで位が高いとみなされていた。子どもの頃から纏足を始め、痛みと闘いながら大人になるまで続けるのだ。

1911年に、纏足は公的に禁止された。纏足用の靴を作る最後の工場は、1988年に閉鎖したという(そこまで残っているのが驚きだった。禁止令が出てからは鑑賞用の靴でも作っていたのだろうか?)。

ナイチンゲールの靴 1850~1856年 出自不明

これは痛みなど伴わない普通の靴だが、なんだかこれまでの痛そうな靴の後に見たらほっとしてしまった。

今の看護医療の基礎を築き、「白衣の天使」と呼ばれたイギリス人女性、ナイチンゲールが使用していた靴である。クリミア戦争時に、彼女がトルコのユスキュダルという地域で働いていた際履いていたと言われている。

ちなみに、ロンドン内テムズ川南岸には、「ナイチンゲール博物館」もある。

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マオリ族のタトゥー見本 1851年 ニュージーランド

ニュージーランドの先住民族、マオリ族が顔に施すタトゥーの見本。男女ともにタトゥーを入れるが、特に男性は皆こんな感じで、自分だけの模様を顔に彫っているそうだ。まずは炭で模様を描き、それからノミのような道具で彫っていくというが、聞いているだけでものすごい痛そうである。そもそもどうやって彫っているのか……。

完成まで数日、数週間かかることもあるそうだ。

解剖学を学ぶための人形模型

鍼灸模型17世紀 日本

呪いの人形みたいで怖すぎるのだが、針治療の針を刺す箇所を教えるために使われていた、張り子の人形だという。この全身に張り巡らさられた線は、経絡(けいらく)と呼ばれる、ツボのポイントである。元は道教の教えなども取り入れられて中国で発展した技術だという。中国でも同じような模型人形や、経絡図と呼ばれる絵は多く残っている。

顔が薄ら笑いを浮かべていて、また不気味なのである。

妊婦の解剖模型 17世紀 イタリア

象牙製の、妊娠した女体の解剖模型。左側が蓋を外して中を見られるようにした状態だ。かなり小さく、手のひらサイズである。
当時の解剖図などと照らし合わせると、この模型の細部は正確とは言えず、専門的な知識を教えるために使われていたものとは考えにくいという。産婆や産科医が、妊婦を安心させるために使っていたものである可能性がある。

女性の解剖模型 17世紀 ドイツ

こちらは妊娠中ではない女性の解剖模型である。17世紀には、男女どちらも解剖模型が多く生産されていた。上の象牙製の模型のような小さなものが普通だったそうだが、これはかなりの大きさだ。成人の等身大とまでは言わないが、子どもくらいの大きさはあった。

こちらも、解剖学的には正確とは言えないため、用途が不明だそうである。

性行為や男根信仰を表した美術作品

性的な絵を隠すための静物画 イタリア 19世紀

これは面白いものだ。額の中にはもう1枚絵を入れられるようになっていて、表向きには果物や野菜が描かれている静物画を飾っておき、内側にはセクシャルな絵画を入れていた。

当時は今より性に対して世間の目が厳しかったため、そうした絵画を所有しているのも大変だったのだろう。

果物や野菜に入った性的な彫刻 中国

柔軟な発想である。果物や野菜を模したミニチュアな容器に、さらにミニチュアな彫刻が収まっている。セクシーな場面を表したものなので、開ける時に覗きをしている気持ちになってしまいそうだ。

男性器形のお守り 紀元前100~紀元400年

一周回ってシュールである。男性器に馬のような脚がついており、人を乗せて走っている。躍動感がすごい。豊穣と強さのお守りとして、古代ローマ時代に身に着けられていたものだという。このようなファリュス信仰と言われるものは、世界の色々な地域に見られる。

やはり古来から、性は人間の重要な関心ごとなのだ。

グロテスクさと美しさの共存

粉たばこ容器 1881~1882年 スコットランド

本物の羊の頭を使った煙草入れ。顎の下をよく見てもらうとわかるが、車輪のようなものがついている。このホイールがあるため、この煙草入れは平面を移動することができた。人がたくさん集まる社交的な夕食やセレモニーなどで、テーブルをこれがあちこち動き回っていたようだ。

頭をもぎとって煙草入れにするというのは、ちょっと奇抜な発想だけれど、この羊頭、かなり美しいものであった。ぐるりと巻いたゴツゴツの立派な角と、柔らかな毛皮の対比が印象的。

ヴァニタス 18世紀 ヨーロッパ

「ヴァニタス」とは、中世~近世にヨーロッパで流行した思想の1つで、「この世の快楽や栄光は儚く、死は必ずやってくる」というもの。盛者必衰にもちょっと通じる考え方のように思える。

右側は生きている時の姿で、右側は骨となり虫がたかる死後の姿である。

人間の顔 18世紀 イタリア

これは上の作品の隣にあった小さな絵。これも、左側は若く美しい女性の顔、右側はおどろおどろしい骸骨が表されている。この同時に生死を表す手法は18~19世紀のヨーロッパで流行したという。特に生きている人物像の方は、綺麗な服に身を包んだ健康な人間として、「死」との対比をあらわにするように描かれることが多かったという。

男性のミイラ ペルー 1200〜1400年 ※現在は倫理的観点から展示から撤去されている

自然に保存され残ったミイラ。ペルー北部の海岸に埋められた、チムー文化のものだという。人々は遺体を垂直に座る格好で紐で固定し、布でぐるぐる巻きにし、頭部を模した飾り(?)を付け、死者の所有品と共に埋めたという。

これが美しいかどうかは見る人によるだろうが、少なくとも私は、800年ほど前の人間の体が、皮膚も髪の毛もそのままに、歯の一本一本、指の一本一本がはっきりと見えるほどきちんと残っていることに感慨を覚えるのだ。彼の肉体は魂がなくなって何百年も経った後も、確かに私の目の前に存在していた。

お守り的なシンボル

第一次世界大戦時の各国のお守り

第一次世界大戦にイギリス軍、ロシア軍、日本軍の兵士たちが着けていたお守りだという。

下の聖人が描かれたペンダントがロシア、赤い服の兵士と黒猫がイギリス、貝殻のコンパスが日本。こんなに小さなものに希望が込められていたのを見ると、やるせなくなる。

黒猫は不幸の象徴として有名だが、イギリスでは幸運の証と捉える人もいる(なぜイギリスでだけそうなのかはよくわからない)。そのため、黒猫のお守りも使われていたのだろう。

これを着けていた兵士たちはどうなったのだろうか。

人間の歯でできた医者の看板 1800~1930年 中国

冷静に見ると気持ち悪いのだが(いや冷静に見なくてもか……)これが医者の看板として機能していたというのだから驚きである。確かに目を留めてしまうインパクトは十分だが……。上部に書かれている字は、解説によると「さまざまな病気を治療します」というような意味だそうだが、字が読めない患者にもこうした衝撃的なビジュアルで訴えかけていたのかもしれない。

歯をお守りとして持つ人もいるが、これだと何かのまじないに見える。

しかし、歯医者ではなく他の部位の医者なのだろうか。これで歯医者でなかったらそれも驚きである。

厨子 19世紀 日本

神道の神と仏教の仏計66体を1つ所に集めた厨子。仏壇のようなものなので、この前で商売の成功や健康のためのお祈りをしたりしたのだろう。1体1体はミニチュアだが、ここまで揃っていると壮観である。昔も、こういったものを収集するフィギュアコレクターみたいな人がいたかもしれない。

服や小物などかなり細かく装飾されているので、細部をじっくり見るのもまた面白い。

さて、これらを無料で楽しめる博物館であるウェルカム・コレクション、珍しいことに定期的に内容が変わる特別展も無料という素晴らしい博物館である。

ロンドンではぜひ訪ねてみてもらいたい。

その他、ウェルカム・コレクションの展示レポはこちらから。


ウェルカム・コレクション

住所:183 Euston Rd, Kings Cross, London NW1 2BE

入場無料

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