ウェルカム・コレクション常設展の仮面と奇想の絵画コレクション

2018年7月24日イギリスのアート情報, ウェルカム・コレクション, アート情報・展示レポ

ロンドンにある、科学や医療に特化した博物館、「ウェルカム・コレクション」。ここは入場無料で、面白いコレクションが見られる私のお気に入りの博物館だ。

今回は、その常設展「Medicine Man」の見どころと面白い展示品を紹介したい。

サー・ヘンリー・ウェルカムのコレクション

ウェルカム・コレクションというと、すごく暖かく出迎えてくれそうな名前だが、これはこのコレクション創設者のサー・ヘンリー・ウェルカムに由来する。スペルは「welcome(ようこそ)」ではなくて、「Wellcome」である。Lがひとつ多い。

ヘンリー・ウェルカム(1852~1936年)

アメリカ出身のビジネスマンであったウェルカムは、イギリスで製薬会社Burroughs Wellcome & Companyを立ち上げ、長者となった。この会社は今ではグラクソ・スミスクライン社と名を変え、日本法人もある。

彼は芸術と科学に多大な関心を寄せており、古今東西の物を収集した。そのコレクションを含め、彼の財産を管理する機関として死後に創設されたのが「ウェルカム・トラスト」で、この博物館の運営元である。

この常設展では、彼のコレクションから厳選された品物を展示している。入口を入ると最初に目に飛び込んでくるこの瓶やフラスコの数々は、科学・医療研究で使用されたものである。彼が5000個以上ものガラス製品を集めていた。

世界各地の仮面

ウェルカムは、人類学と健康の関係性に大きな興味を抱いており、それに関連する品々を大量に収集していた。その割合はコレクションの半数にも及び、中にはこんな仮面もあったのだった。

仮面 16~18世紀 おそらくドイツ

絶対日本の天狗だろう、と思って解説を読んだらドイツの仮面であった。こんなにそっくりなものが全然違う地域で作られるのか…。

公衆の面前で拷問を受ける者に着けさせ、何も見えない中拷問を受けるという恐怖を与えると共に、拷問者が顔を判別できなくする目的もあった。

仮面 1936年 アラスカ

ユーモラスと不気味さを兼ね備えた仮面。もののけ姫のコダマに似ている。実際、これはアラスカのシャーマンによって着用された「精霊の仮面」だったらしい。狩りの成功と健康を願う儀式に使われた。

仮面 1850~1920年 ブータン

この仮面は、ブータンの伝統儀式やツェチュという宗教行事で僧や村の長老が着用したもの。ヒンドゥー教の猿の神、ハヌマーンを思い起こさせる。

仮面 1550~1800年 ベルギー

「Scolds Bridle」という、女性の拷問用の仮面。隣人と口論や喧嘩をしたり、神を冒涜する言葉を吐いたり、嘘をつく女性に向けて行われた拷問で、口の部分の内側に針がついており、話そうとすると激痛を伴うものだったという。この仮面は針がとれてしまっている。

医療器具コレクション

昔の医療器具のコレクションの大量に展示されている。なんだか武器のような刃物がいっぱいである…。包丁みたいなものも。

怪奇な絵画コレクション

また、ウェルカムは多数の絵画も集めており、そのほとんどが、医学や生物、科学に関するものであった。

 ジャックファビアンゴーティエ ・ダゴティ
「A dessected pregnant female」
1764~1765年 フランス ©Wellcome Collection

妊娠した女性の解剖図を等身大で描いた作品。作者は画家であり、また解剖学者でもあった。12枚あるシリーズの1つであるという。胎児の頭にへその緒が絡んでいる様子がなんともリアルだ。

また、女性の足元にばらばらと転がる、解剖模型のパーツが不気味。

「A grotesque accouchement」17世紀 イタリア ©Wellcome Collection

「グロテスクな分娩」というタイトルのこの作品は、せむしの男と産婆の助けを借りて、ドワーフのような人型の妖怪?が卵で子供を出産しているというおとぎ話のような場面を描いている。作者ははっきりしていないが、おそらくイタリアの画家ピエトロ・デラ・ヴェッキアではないかとされている。

レオナルド・ダ・ヴィンチの1515~1520年の作品「レダと白鳥」(↓)という作品のパロディではないかともされている。

子供たちが卵の殻を破って出てくる描写はとてもよく似ている。このレオナルドの作品、現物は失われてしまっていて、現存するこの絵画は別の画家による模写である。

「レダと白鳥」は、レダという女性に恋したゼウス神が白鳥に姿を変え、レダを誘惑し交わったというギリシャ神話のエピソードだ。中世~近世のヨーロッパでは、「男女よりも女性と白鳥の性的な場面の方がまし」という今とは逆の価値観が広がっており、この題材は人気となった。

しかし、この「グロテスクな分娩」は、実際に白鳥と交わった女が出産するシーンはこんな奇怪なものだ、という皮肉にも見える。題材としてかなり面白いものであることは間違いない。

ヒエロニムス・ボス「快楽の園」の模写 16世紀 ©Wellcome Collection

ヒエロニムス・ボスの三連祭壇画「快楽の園」の16世紀の模写。オリジナルはスペインのプラド美術館にある。本物よりは小さいが、見ごたえは十分だ。

オリジナル(↑)では、左がアダムとイブがいる地上の楽園、中央が現世の快楽、右がさまざまな地獄を表している。ウェルカム・コレクションの模写はこの中央部分のみだ。

さまざまな教訓やシンボルを表す人々や生き物(架空の生き物もいる)が無尽に描かれているが、具体的に何をさしているのかわかっていないモチーフも多い。他に似たような例も見当たらない、奇想の祭壇画なのである。

この接写図では、右側に女性のお尻に植物を挿している男性がいる。その後ろには、生の巨大な魚を持ちながら「やあこんにちは」している人がいる。意味不明だが、これらも快楽のうちだろうか。

ちなみに、一番右端に見えるように、この絵には黒人も数人描かれており、横顔のラインや縮れた髪の毛など、しっかり黒人の特徴が表されているのが見て取れる。

おそらくピーテル・デ・グレベル
「Herodias Mutilating the Severed Head of Saint John the Baptist Held」17世紀©Wellcome Collection

古来より伝わる伝説「サロメ」の一シーンである。1世紀ごろの古代パレスチナにヘロデ王という王がいた。この地域は、イエス・キリストが生まれた地でもあった。できるだけ簡単に物語を説明しよう。

ヘロデ王の妻をヘロディア、娘の名前をサロメという。

イエスを洗礼した洗礼者ヨハネが、王の元にやってきて、ヘロデが自分の兄弟の元妻(ヘロディアス)と結婚したことを批判する。王はそれに怒り、ヨハネを牢屋に閉じ込める。

場面変わって、王が自分の誕生日パーティーにサロメを呼び、舞を踊れと命じる。サロメは拒否したが、王は頑なに命じた。サロメは「では、もし踊ったら何でも好きなものをくださいませ」と要求し、王はそれを了承した。舞の後、サロメは母のヘロディアスの要望を聞き、「では、ヨハネの首をください」と言う。王は困ったが、約束なので仕方がないとヨハネの首を切ることにしたのである。

この絵画では、赤い服を着てヨハネの頭を持つのがサロメ、ヨハネの舌をつまんで針を刺そうとしているのが母のヘロディアスである。なんとも生々しくおぞましいシーンだが、この舌に針を刺すという場面は、聖ヒエロニムスの本「Apology Against Rufinus」の中で「遅すぎる隠ぺい」の例として出てくるエピソードである。死後に舌に針を打って喋れなくしても、時すでに遅しというわけだ。

ヘロディアスが全然女王に見えず一般庶民の老婆のように表されているのも、なんだか面白い。

この伝説が、イギリスの作家オスカー・ワイルドによって残虐で耽美な非恋の話に作り上げられたことは有名だ。詳しくはこちら。

私はこちらの方が、ドラマチックで好きなのだが。


さて、まだまだ珍奇怪奇な面白コレクションは終わらない。

次の記事では、纏足やトゲの生えた靴、果物に入ったエロスな彫刻、歯で作ったすだれ、昔の解剖模型など、ここでしか見られないであろう珍品ばかりを紹介したい。

→纏足、羊の頭の煙草入れ、象牙の解剖模型…ウェルカム・コレクションの珍品常設展(後日公開されます)


ウェルカム・コレクション

住所:183 Euston Rd, Kings Cross, London NW1 2BE

入場無料