どん底に落ち込んだ時は「今日だけを生きる」という考え方で救われる

2017年12月4日

生きていればどん底な状態になるときがある。

気を晴らそうとしても、気合じゃ晴れない。何もかもうまくいかない、と心の中にもやもやや不安が渦巻く。

恋愛とか仕事とか、あの時のあの約束が…決断が…とか掘り下げれば細かいことは色々出てくるが、そういうのではなくてもう全部ひっくるめて「人生だめだ…」となってしまうときがあるのだ。

後から見返せば「そんなに最悪でもなかったじゃん」と思うが、そのときは真剣にネガティブになっているので「私なんかもうダメだ」という思考になっている。

でもそんな思考でずっといるのはつらい。そんな気持ちから逃げたい。

悩んでいるときには、「悩み解決」をうたっている本を読んだり、サイトを巡ってみたり、自分なりにぐるぐる考えたりするのだが、だいたい1つの方法に行きつくので、ここではそれを紹介しようと思う。

ほとんどの悩みは未来か過去に関係している

悩みのほとんどは、「あんなことをしなければよかった/あんな目にあってしまった(過去)」とか「将来どうなるんだろう/どうしよう(未来)」に二分される。

だいたいの場合は、今現在のことが不安なのではなくて、過去から来るトラウマや、将来への不安が自分を不安にさせているのだ。

私の場合なら、「今後もフリーランスとしてやっていけるのかな…」とか「老後どうしよう…年金とか…」など未来のことや、「あの時のあの経験からこんな性格が形成されてしまったんだ…」とか過去のことについて考えてしまうのだ。未来は誰にもわからないし、過去は変えられないのに。

なので、「不安感から逃れるには、未来や過去から目を背けて現在だけに焦点を当てればいいのでは」と思ったのだ。逃げである。

この「現在」の区切りを私は「今日1日だけ」としている。

1時間後も未来じゃないか、と言われればまあそうなんだけれど、今日1日、就寝時に人生が終わると考えれば、今のことに注力できる気がする、というネガティブなんだかポジティブなんだかわからない考え方だ。

だが、そう考えたのは私だけでなく、古代から同じことを考えている人はたくさんいたようである。

「今日1日だけ」に目を向ける

紀元前1世紀の古代ローマの詩人、ホラティウスは「Carpe diem(その日をつかめ)」という名言を残している。正確には彼が言った言葉というより、彼の作った詩に出てくる一節らしい。

そして、この元となったフレーズは、さらに昔の古代メソポタミア文明の文学作品「ギルガメシュ叙事詩」に出てくるのだという。

この作品は現存する人間の文学の中で最も古いものの一つだ。そんな昔から、人間は「今日だけを生きよう」という考えを生み出していたのだ。

これを知ったときに、なんだか人類に対する愛おしさがこみ上げてきた。紀元前から、悩んでいることとその末に考えついたことが同じだなんて。

世界中で使われてきた「その日だけを生きる」

これに似た言葉は世界中あらゆるところで使われている。キリスト教の聖書にも、「飲み食べよう、明日には死ぬのだから」という言葉が出てくる。

ユダヤ教の教えにも「もし今でなければ、いつ?」という言葉が登場する。

上記の例は、「今を楽しめ」という教訓が込められている。

これらの思想は、中世ヨーロッパで「メメント・モリ(死を思え)」という考え方として流行し、芸術作品の題材として人気のテーマとなった。


Adriaen van Utrecht – Vanitas

これは死にスポットを当てていて、どうせ死ぬのだからこの世での快楽はすべてむなしい、という意味でとらえられるが、もともとは「今を楽しめ」と同じ意味で使われていた。
死後魂の救済を教えとするキリスト教に結び付けられて意味が変化したのだ。

「人生の一冊」にも書いてあったこと

「今日だけを生きる」という考えをさらに補強してくれたのが、カーネギーの著書「道は開ける」からだ。

この本には、人生に悩んでいる人たちが、どのように考え、行動して問題を解決していったのかというケーススタディがみっちりと詰まっている。

100年近く前のアメリカで書かれたものにもかかわらず、書いてある内容は今でも普遍的に通用する。

同書の冒頭、第一部「悩みの基本的な基本事項」第一章に「今日、一日の区切りで生きよ」という項がある。最初の最初にこの内容なのである。

エピソードの一つに、ある女性の話がある。車で本を販売している女性だ。彼女は夫を亡くし、お金もなく、わずかな日銭を稼ぐために本を販売して各地を移動していた。客もほとんど来ない。

生きがいもなく、毎朝起きることすら恐ろしく、自殺さえ考えたという。家賃のこと、食事代のこと、その他のあらゆる支払いのことを考えて不安と悩みでいっぱいだった。

ある日読んだ文章の中に彼女は「賢者にとっては毎日が新しい人生である」という一節を見つけた。これが彼女の人生を変えた。「一日だけを精一杯生きるのなら、それほど苦にならないことがわかりました」と彼女は回想している。それから彼女は恐怖から脱し、その後の人生も豊かなものとなった。

このエピソードがなぜか鮮烈に記憶に残った。1日だけ、やり過ごすならなんとか生きられるのではないか。

今日だけ生きればいいのなら、今日の仕事は精一杯やって、せっかくだから楽しいこともちゃんとやって終わりにしよう。そう思えたのだ。

この章では、「あすのことを思い悩むな」というキリストの言葉も紹介されている。悩みがつきない人にはぜひ読んでほしい本だ。というかこの章だけでいいかもしれない。

そもそも世界中で100年以上ベストセラーになるくらいだから、この記事より1000倍くらい上手い文章で、1000倍くらい内容が詰まっている本なので、ぶっちゃけ「悩みはこの1冊で解決よ!」くらいにすごい本。私にとっては。
本当にもう会う人会う人に推奨したいレベルだけど、リアルで人に勧めると押しつけがましくなるので、ブログで勧めてみたよ。

楽しいことは今日やる、ということ

不安に駆られているとき、私たちは「今できる楽しいこと」をおろそかにしがちだ。

過去か未来の出来事に頭を悩ませていて、現在を楽しめない。それはとても損していると思うようになった。

今日だけを生きる、といっても100%不安がなくなるわけではない。そうは言っても明日は来るし、1週間後、1か月後のスケジュールだってたてなきゃいけない。未来のことを考えなくてはいけない。

でも、「今を楽しむように心がける」ことならできる。それは「不安からの脱却」につながってくる。

今日1日だけ生きるのなら、好きな映画を存分に楽しんだっていいし、欲しかったものを買ったり、美味しい料理を食べに行ってもいい。自分で安い食材で美味しいものを作ってみてもいい。ゆっくりお風呂に入ったり、気合を入れて肌の手入れをしてみたり。友達や恋人や家族に連絡をとってみたり。

明日は明日の風が吹く、と日本のことわざでも言うように、明日のことは考えない。今を楽しむ。

明日悩むことは、明日悩めばいいよね、というように思考を切り替えようとしていれば、不安に駆られる時間は少なくなる。

今日この仕事が唯一の仕事と思って仕事をする。食事をしているときは食事だけに集中する。自分の好きなことをするときは純粋に楽しむ。など、完全には難しいけれど、今日だけにフォーカス「しようとする」だけでも、心はずいぶん楽になる。

悩んだときは「今日だけを生き」てみてほしい。私も自分に言い聞かせ続けると思う。