世界初の仏像はギリシャ風だった:ガンダーラの仏教美術について

2018年4月13日アート情報・展示レポ, その他アート考察・雑記

当サイトで何度も取り上げてきたテーマなので、そろそろ体系的な説明をする記事を書いておこうと思った。

ガンダーラという古代インド文化圏だった地域からは、ギリシャ人のように彫りが深かったりギリシャ文化の要素を持つスタイルの仏像が数多く発見されている。

実は、これらの仏像こそが世界最初の仏教彫刻であった。

ここでは、ガンダーラについて、その簡単な歴史と、どうやって仏教彫刻がそこで生まれたのかを説明していくよ。

ガンダーラ王国はインド文化とギリシャ文化が混ざった場所

ガンダーラは、紀元前6世紀~11世紀にアフガニスタン東部からパキスタン北西部にかけて繁栄した王国。

© Avantiputra7

この地図の左上、「GANDHARA」と書いてある場所がだいたいの位置にあたる。古くからインド文化圏であったことが見て取れるだろう。西側から見ればインドの入口ともいえるこの位置にあるおかげで、当時の東西の交流地点となり、国際都市として繁栄したのだ。

簡単な年表を見てみよう。

紀元前6世紀…ペルシャのダレイオス1世がガンダーラを支配した。

紀元前5世紀頃…釈迦がインドで誕生。仏教を創始する)

紀元前327年ペルシャを倒したギリシャの王、アレキサンダー大王がガンダーラを侵攻する。これにより、ガンダーラにギリシャ文化の流入が始まった。

紀元前2世紀頃…インド・グリーク朝がガンダーラを支配。その国王であったメナンドロス1世は、ギリシャ人でありながら仏教徒となった人物で、当時のインド言語、インド文化にも精通していた可能性があるという。

このアレキサンダー大王~メナンドロス1世の時代の間に、徐々にギリシャ文化がインド文化・仏教と混ざり、仏像が生まれる土台が作られていった。

※このギリシャ文化とオリエント文化が混ざった文化をヘレニズム文化とも呼ぶ。

紀元前50年~紀元75年…パルティア人というイラン系民族が、ギリシャ人をガンダーラから一掃する。ギリシャ芸術は失われたが、完全に葬られたわけではなかった。その要素は脈々と受け継がれていたのである。

仏教はもともと偶像崇拝を禁止しており、これ以前は仏像は存在しなかったが、ガンダーラでギリシャ美術(ギリシャ彫刻)と触れたことにより、この時代に初めて仏教彫刻が誕生した。つまりガンダーラは仏教彫刻発生の地であり、世界最初期の仏像たちはギリシャ文化の要素を持っていたのだ。ここから、仏像は各地に広まっていき、今日に至るというわけだ。

75年頃…月氏というイラン系遊牧民族(詳細は謎。諸説あるらしい)によるクシャーナ朝がガンダーラを支配する。ガンダーラの黄金時代。特にカニシカ王(在位:128年 – 151年)も仏教に帰依し仏教を保護したため、ガンダーラ美術はこの時最も盛んになり、多数の貴重な仏教美術作品が生まれた。

個人的には、パルティア人がギリシャ人を駆逐したときに、勝利の証として仏像を作り始めたのではないかと思う。ギリシャ人に支配されていたガンダーラには当時、ギリシャ風の神々の彫刻がそこかしこにあって、それらを違うもの(仏教)で塗り替えたかったのではないか。まあこれはただの想像に過ぎないので、信じないでほしい。

ガンダーラ仏像についての記事はこちら

というわけで、ガンダーラの仏像は歴史上最初の仏像であり、かつ東西文化の混合が見られる大変面白いものである。

イギリスの博物館で見つけてきたギリシャ風仏像は、これまで数多くレポートしてきたので、ぜひ目を通していただけたら嬉しい。